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2017年08月31日

宇治〜「平家物語」と「源氏物語」宇治十帖を巡る旅(その7・完)平重衡の墓

宇治駅からJR奈良線のみやこ路快速に乗り奈良方面へ移動し、奈良駅の手前の木津駅で下車。
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駅前の地図をチェックして「安福寺」を目指した。
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周囲は田や畑ばかりの道。
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こちらは御霊神社。
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このすぐ近くにあるのが「安福寺」だ。
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ここに平重衡の墓がある。

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平重衡は奈良の東大寺や興福寺などを焼いてしまったことで知られる。

一の谷の合戦で源氏方に捕えられてしまった重衡だが、最後は奈良に引き渡されて木津川の河原で処刑される。

10分でわかる「平家物語」巻十一「重衡被斬」その2(奈良の仏教勢力に引き渡された重衡の処刑)
http://manabiyah.seesaa.net/article/392219440.html

この安福寺は「哀堂(あわんどう)」とも呼ばれ、本尊である阿弥陀仏は重衡が最後に狩衣の紐を使って縁を結んだ仏像であるとされる。

この後、木津駅からJR奈良線に乗って「玉水駅」で下車した。
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ここから以仁王を祀った「高倉神社」を目指そうと思ったのだが、うまく辿り着けず今回は断念。
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また機会を改めて訪れてみたい。

京都駅に移動し、17時55分の新幹線に乗る。
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鶏カツ弁当を買った。
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かなり歩いたのでカロリー補給。
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今回の旅で改めて思った。

「源氏物語」も「平家物語」も、どこかよその国のことではなく、現実に自分が生きている日本を舞台にした作品だ。

当時と所の様子は変わっていても、現地に赴いて地形や位置関係などを自分の身体で体感してみることはやはり大事だ。

「源氏物語」の中でも、特に宇治十帖については現地を訪れることが、作品の真の理解には極めて重要な体験になると実感した。

今回の旅はこれで終了。でも、またこの旅日記が更新される日がきっと来ることになるだろう。(完)
posted by manabiyah at 13:31| 平家物語を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宇治〜「平家物語」と「源氏物語」宇治十帖を巡る旅6(「宇治十帖古蹟」〈宿木〉の由来)

宇治川に沿って「あじろぎの道」を歩いていく。

途中で塔の島という所があって十三重の石塔がある。
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その塔の島に渡ることのできる橋が喜撰橋。

喜撰というのは「わが庵は」の歌に由来するのだろう。

その喜撰橋からの眺め。

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うーん。宇治ですね、まさに。

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この辺りでは鵜飼船にも乗ることができるようだ。
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また来ることがあれば是非乗ってみたい。

旅館などがたくさんある地域を抜けて、ようやく〈宿木〉の碑に辿り着いた。
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なぜここが〈宿木〉と結びつけられているのか。

これについてはっきりと言及している資料は2017年9月現在で、少なくともネット上には無いように思われる。

僕なりにこちらについても仮説を立ててみた。

こんな宇治市の提供しているPDFの資料にこのような記載がある。

https://www.city.uji.kyoto.jp/cmsfiles/contents/0000007/7147/31syou(280330).pdf

>また江戸時代は庶民の社寺参詣が流行した時代であった。宇治は都の名所の一つとして知られるようになり、全国から人が訪れるようになった。宇治橋近くの川岸には水運関係者によって旅館が立ち並び、宇治川の舟遊びは名物の一つであった。

この〈宿木〉の碑のある辺りは、現在でも遊覧船や鵜飼観覧船を楽しめる場所であり、なおかつ旅館などが密集している。


そう〈宿木〉の碑は「宿」からの連想で〈宿木〉なのではないか!

ともかくも、無事に「宇治十帖古蹟」を全制覇!
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さてここからは宇治の地を離れて、別の古蹟を訪れることにする。

こちらは宇治で買った宇治茶のペットボトル。
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ここにも「源氏物語」が描かれている!(続く)
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posted by manabiyah at 05:19| Comment(0) | 平家物語を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宇治〜「平家物語」と「源氏物語」宇治十帖を巡る旅5(平等院と源頼政の墓)

「源氏物語ミュージアム」を出て〈早蕨〉の碑を目指して「さわらびの道」を歩く。

途中で与謝野晶子による宇治十帖歌碑を発見。
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そして〈早蕨〉の碑に辿り着く。
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こちらも〈総角〉の碑と同じく、この付近に八の宮邸があったと想定されていたことが由来のようだ。
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こちらが宇治上神社。
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八の宮邸をこの辺りに想定する説も有力だ。

そして再び宇治神社にも寄ってみた。
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手水がうさぎ。

「宇治十帖古蹟」巡りも〈宿木〉ひとつを残すだけになった。

というわけで、今度は10円玉でもお馴染みの「平等院」へ。

「源氏物語」〈椎本〉で匂宮が遊んだという夕霧の別荘というのが、ちょうどこの平等院に当たるとされる。

2012年9月から行われた修復によって、かなり極楽感が増したらしいと聞いて期待してやってきた。
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おお、なかなか素晴らしいではないですか!

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そしてこの平等院は「平家物語」でも重要な場所。

源頼政にうながされて諸国に平家打倒の令旨を発した以仁王だったが、それは間もなく平家の知るところとなった。

御所から園城寺へ逃れ、さらに奈良を目指した以仁王は途中で六度も落馬したという。

疲れ切った以仁王を休ませるための休息場所となったのがこの平等院だ。

宇治橋の橋板を落として守りを固めた以仁王陣営だったが、足利又太郎忠綱らが馬筏で宇治川を渡って攻め寄せる。

結局は自害に追い込まれてしまった源頼政の墓はこの平等院の敷地内にあるのだ。
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手前に見えるのが頼政の墓。奥に見える赤い建物が平等院だ。
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鳳凰堂の内部に入るには入場料とは別に300円を払ってチケットを買う必要がある。
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時間ごとに指定されたチケットになっていて、一度に堂に入る人数は限られているようだ。

鳳凰堂の内部は極楽を3Dで再現した空間というイメージだった。

作られた当時はさぞかし神秘的な空間だったのだろうと想像された。
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なお、平等院の表門を入ってすぐ左側のところに「扇之芝」の碑がある。
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この場所がまさに頼政が自害した場所であるとされている。
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さて平等院拝観を終えて、再び残す所一箇所となった「宇治十帖古蹟」巡りへ。(続く)
posted by manabiyah at 04:06| 平家物語を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする