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2012年11月08日

10分でわかる「平家物語」巻八「法住寺合戦」(法住寺合戦を終えた義仲側、法皇側それぞれの様子)


↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
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繰り返し聴くこともできます。(ページ下に全訳あり。)


あくる廿日、木曾左馬頭六条川原にうッたッて、昨日きるところの頸ども、かけならべて記いたりければ、六百卅余人なり。其中に明雲大僧正・寺の長吏円慶法親王の御頸もかからせ給ひたり。是をみる人涙をながさずといふ事なし。木曾其勢七千余騎、馬の鼻を東へむけ、天も響き大地もゆるぐ程に、時をぞ三ケ度つくりける。京中、又、騒ぎあへり。ただし是は悦びの時とぞきこえし。

故少納言入道信西の子息宰相長教、法皇のわたらせ給ふ五条内裏に参ッて、「是は君に奏すべき事があるぞ。あけてとほせ」とのたまへども、武士どもゆるしたてまつらず。力及ばで、ある小屋に立ちいり、俄に髪そりおろし、法師になり、墨染の衣、袴きて、「此上は何か苦しかるべき、入れよ」とのたまへば、其時ゆるし奉る。御前へ参ッて、今度討たれ給へるむねとの人々の事どもつぶさに奏聞しければ、法皇御涙をはらはらとながさせ給ひて、「明雲は非業の死にすべきものとはおぼしめさざりつるものを。今度はただわがいかにもなるべかりける御命にかはりけるにこそ」とて、御涙せきあへさせ給はず。


平家物語連続講義のこれまでの内容を物語の展開順にまとめました。
「平家物語連続講義放送リスト」

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〈現代語訳〉


翌、寿永2年11月20日、木曾義仲は、鴨川の六条河原に立って、昨日切った首たちを、かけならべて記録をしてみると、630人余りのものが首を切られたのであった。その中には比叡山延暦寺の座主明雲や、園城寺の長吏円慶法親王の首もかかっていなさった。これを見る人は涙を流さないということはなかった。義仲の軍勢総勢七千騎は馬の鼻を東にむけて、天にも響き大地もゆるがすほどに、ときの声を三度あげた。都中の人々がまた騒ぎあった。ただしこれは喜びの声として響いた。


なくなった少納言信西の子供である宰相長教は、後白河法皇のいらっしゃる五条内裏に参上して「私は法皇に申し上げるべきことがある、あけて通せ。」とおっしゃったが、武士たちはゆるし申し上げない。どうしようもないので、ある小屋に立ち入って、急に髪を剃り落として、法師になり、黒い衣と袴を着て、これならば何か問題あるだろうか、入れよとおっしゃったので、長教は法皇の前に参上して、今回の戦いで討たれなさった主要な人々のことを詳しく申し上げると、法皇は涙をはらはらとお流しになって、「明雲が災難で死を遂げるとは思わなかったのに。このたびは、最期になるはずであった私の命になり変わったのだろう。」と、後白河法皇は涙をお止めになれなかった。


posted by manabiyah at 07:45| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする