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2012年12月20日

10分でわかる「平家物語」巻九「河原合戦」その2(今井四郎兼平とともに死のうと、今井の行方を探す義仲)


↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
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繰り返し聴くこともできます。(ページ下に全訳あり。)


木曾は、もしの事あらば、法皇をとり参らせて西国へ落ちくだり、平家とひとつにならんとて、力者廿人そろへてもたりけれども、御所には九郎義経はせ参ッて守護したてまつるよし聞こえしかば、さらばとて、数万騎の大勢のなかへ、をめいてかけ入る。既に討たれんとする事度々に及ぶといへども、かけやぶり、かけやぶりとほりけり。



木曾涙を流いて、「かかるべしとだに知りたりせば、今井を勢田へはやらざらまし。幼少竹馬の昔より、死なば一所で死なんとこそ契しに、ところどころで討たれん事こそかなしけれ。今井がゆくへをきかばや」とて、河原のぼりにかくるほどに、六条河原と三条河原のあひだに、敵おそッてかかれば、とッてかへし、とッてかへし、わづかなる小勢にて、雲霞の如くなる敵の大勢を、五六度までぞ追ッかへす。鴨河ざッとうちわたし、粟田口・松坂にもかかりけり。去年信濃を出しには五万余騎と聞こえしに、けふ四の宮河原を過ぐるには、主従七騎になりにけり。まして中有の空、思ひやられて哀なり。


平家物語連続講義のこれまでの内容を物語の展開順にまとめました。
「平家物語連続講義放送リスト」
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〈現代語訳〉


義仲はもしもの事があれば、法皇をお守り申し上げて西国へと逃げのびて、平家と一つになろうとして、下僕を20人揃えていたのだが、法皇の御所に源義経が馳せまいって、法皇をお守り申し上げている旨が噂になったので、「それならば仕方がない」として数万騎の義経方の軍勢の中へとわめいてかけ入った。もう少しで討たれようとすることは何度にも及んだけれど、かけやぶって、かけやぶって通りぬけた。


義仲は涙を流して「せめてこうなるだろうと知っていたら、今井四郎を勢田へとは送らなかっただろう。ともに竹馬に乗った幼い頃から、死ぬなら同じ場所で死のうと約束していたのに、別々のところで、討たれるようなことは悲しいことだ。今井の行方を聞きたい。」と、賀茂の河原を北にむかって馬を走らせていく間に、六条河原と三条河原の間で敵が襲ってきたので、引き返し、引き返して戦い、わずかな軍勢で、雲や霞のように多くの軍勢を、5回6回と追い返した。鴨川をざっと渡って、粟田口・松坂にいたった。去年、信濃を出るときには5万騎の軍勢とも噂されたのに、今日、四ノ宮河原を過ぎる時には、主従合わせて7騎になってしまった。それにもまして、来世への旅の途上が思いやられて、哀れである。



posted by manabiyah at 19:05| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする