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2013年01月10日

10分でわかる「平家物語」巻九「木曾最期その3」(義仲に対して、今井が自害を勧める)


↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
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今井の四郎、木曾殿、主従二騎になッてのたまひけるは、「日来はなにともおぼえぬ鎧が、けふは重うなッたるぞや」。今井四郎申しけるは、「御身もいまだ疲れさせ給はず、御馬も弱り候はず。なにによッてか一両の御着背長を重うはおぼしめし候ふべき。それは御方に御勢が候はねば、臆病でこそさはおぼしめし候へ。兼平一人候ふとも、余の武者千騎とおぼしめせ。矢、七つ八つ候へば、しばらくふせぎ矢仕らん。あれに見え候ふ、粟津の松原と申す。あの松の中で御自害候へ」とて、うッてゆく程に、又あら手の武者五十騎ばかり出できたり。「君はあの松原へ入らせ給へ。兼平は此の敵ふせぎ候はん」と申しければ、



木曾殿のたまひけるは、「義仲、都にていかにもなるべかりつるが、これまでのがれくるは、汝と一所で死なんと思ふ為なり。所々で討たれんよりも、一所でこそ打死をもせめ」とて、馬の鼻をならべてかけむとし給へば、今井四郎馬よりとびおり、主の馬の口にとりついて申しけるは、「弓矢とりは年来日来いかなる高名候へども、最後の時不覚しつればながき疵にて候ふなり。御身は疲れさせ給ひて候ふ。つづく勢は候はず。敵におしへだてられ、いふかひなき人、郎等にくみおとされさせ給て、討たれさせ給ひなば、「さばかり日本国にきこえさせ給ひつる木曾殿をば、それがしが郎等のうちたてまッたる」など申さん事こそ口惜う候へ。ただあの松原へいらせ給へ」と申しければ、木曾さらばとて、粟津の松原へぞかけ給ふ。


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〈現代語訳〉


今井四郎と義仲は主従二騎になり、義仲がおっしゃったことには「普段は何とも思わない鎧が、今日は重くなったことだ。」今井四郎が申したことには「お体もまだお疲れではなく、馬も弱っておりません。どうして1枚の鎧を重く重くお思いになるのでありましょうか。それは味方に軍勢がおりませんので、気後れしてそう思いなさっているのです。私今井四郎兼平ひとりでございますとしても、他の武者千騎とお思いになってください。矢が7つ8つございますので、しばらく敵を防ぐ矢といたしましょう。あちらに見えますのは、粟津の松浦と申します。あの松の中で御自害ください。」と、鞭をうって馬を走らせるうちに、また新たな敵の武者が50騎ほど現れた。

(今井)「あなた様はあの松原へお入りになってください。私兼平がこの敵を防ぎましょう。」と申したので、義仲殿がおっしゃったことには「私義仲は都でどうなってもおかしくないはずだったのだが、ここまで逃れて来たのは、お前と同じ場所で死のうと思ったからだ。別々のところで討たれるよりも、同じところでいっしょに討ち死にをしよう」と言って馬の鼻を並べてともに駆けようとしなさったので、今井四郎は馬から飛び降りて、主人の馬の口にとりついて申したことには「武士は常日ごろどのような高名がございましたとしても、最期の時に不覚をとると、長い不名誉となるのです。お体はお疲れでいらっしゃます。続く味方の軍勢はおりません。敵にへだてられて、とるにたりない者の家来などに組み落とされて、討たれなさってしまったら、『あれほど日本で評判の高い木曾義仲を、誰それの家来が討ち取り申し上げた』などと申し上げるようなことは残念です。ただあの松原へとお入りになってください」と申したので、義仲は「それならば」と粟津の松原へと駆けていきなさった。

posted by manabiyah at 22:05| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする