「平家物語」各場面の原文朗読・現代語訳・解説の音声ファイルを公開しています。
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2013年02月27日

10分でわかる「平家物語」巻九「一二之懸」(熊谷と平山の先陣争い)



↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
再生ボタンをクリックして聴くことができます。(各回10分程度)
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繰り返し聴くこともできます。(ページ下に全訳あり。)


熊谷かくれば平山つづき、平山かくれば熊谷つづく。たがひにわれ劣らじと入れかへ入れかへ、もみにもうで、火出づる程ぞせめたりける。平家の侍ども手いたうかけられて、かなはじとやおもひけん、城のうちへざッと引き、敵をとざまにないてぞふせぎける。熊谷は馬の太腹射させて、はぬれば足を越えており立ッたり。子息の小二郎直家も、「生年十六歳」となのッて、かいだてのきはに馬の鼻をつかする程責め寄せてたたかひけるが、弓手のかいなを射させて馬よりとびおり、父とならンでたッたりけり。「いかに小二郎、手おふたか」。「さン候ふ」。「つねに鎧づきせよ、うらかかすな。しころをかたぶけよ、うちかぶと射さすな」とぞをしへける。



熊谷は鎧にたッたる矢どもかなぐりすてて、城の内をにらまへ、大音声をあげて、「こぞの冬の比鎌倉を出でしより、命をば兵衛佐殿にたてまつり、かばねをば一の谷でさらさんと思ひきッたる直実ぞや。「室山・水島二ケ度の合戦に高名したり」となのる越中次郎兵衛はないか、上総五郎兵衛、悪七兵衛はないか、能登殿はましまさぬか。高名も敵によッてこそすれ。人ごとにあうてはえせじものを。直実におちあへや、おちあへ」とののしッたる。


平家物語連続講義のこれまでの内容を物語の展開順にまとめました。
「平家物語連続講義放送リスト」

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〈現代語訳〉


熊谷が駆け出すと平山が続き、平山が駆けると熊谷が続く、お互いに自分は負けまいと先頭位置を入れ替わり入れ替わりしながら、馬を早がけさせて、火が出るほどに激しく攻めた。平家の武者たちは傷を激しくおって、かなうまいと思ったのだろうか、城の中へとざっと退却して、敵を城の外においたままにして防御した。熊谷次郎は馬の腹を射られて、跳ねる馬の足を越えて地上に降り立った。熊谷次郎の子である小二郎直家も、「生年十六歳」と名乗りをあげて、平家の陣の塀の際に、馬の鼻がつくくらいに攻め寄せて戦ったが、右の腕を射られて、馬から飛び降りて、父である直実と並んで立っていた。(直実)「どうした小二郎よ。傷を負ったか。」(小二郎)「そうでございます。」(直実は)「いつも鎧を身につけろ、鎧のすき間を射られないようにしろ、しころを密着させて、甲の内側を射られるな。」と教えた。


熊谷は鎧にささった矢をかなぐり捨てて、平家の城の中をにらみ、大声をあげて言った。「去年の冬の頃に、鎌倉を出た時から、命を頼朝様に献上して、しかばねをこの一の谷にさらそうと思って心決めている直実だ。室山と水島の二度の戦いで名をあげたという越中次郎兵衛(えっちゅうのじろうびょうえ)はいないか、上総五郎兵衛(かずさのごろうびょうえ)や、悪七兵衛(あくしつびょうえ)はいないのか。能登守平教経はおられないのか。名をあげるも上げないも、戦う相手によってのことだ。誰とでも戦っていては名はあげられないのに。私直実と戦え!戦え!」と大騒ぎした。

posted by manabiyah at 21:31| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする