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2013年08月13日

10分でわかる「平家物語」巻十「維盛入水その2」(滝口入道の説得で維盛がようやく入水を果たす)


↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
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繰り返し聴くこともできます。(ページ下に全訳あり。)


「たとひ人あッて七宝の塔をたてん事、たかさ三十三天にいたるとも、一日の出家の功徳には及ぶベからず。たとひ又百千歳の間百羅漢を供養したらん功徳も、一日の出家の功徳には及ぶべからずと説かれたり。罪深かりし頼義、心のたけきゆゑに往生をとぐ。させる御罪業ましまさざらんに、などか浄土へ参り給はざるべき。其上当山権現は本地阿弥陀如来にてまします。

はじめ無三悪趣の願より、おはり得三宝忍の願にいたるまで、一々の誓願、衆生化度の願ならずといふ事なし。中にも第十八の願には「設我得仏、十方衆生、至心信楽、欲生我国、乃至十念、若不生者、不取正覚」と説かれたれば、一念十念のたのみあり。只ふかく信じて、努々疑をなしたまふべからず。

無二の懇念をいたして、もしは一返、もしは十返も唱へ給ふ物ならば、弥陀如来、六十万億那由多恒河沙の御身をつづめ、丈六八尺の御形にて、観音勢至無数の聖衆、化仏菩薩、百重千重に囲繞し、伎楽歌詠じて、唯今極楽の東門を出て来迎し給はむずれば、御身こそ蒼海の底に沈むと思し召さるとも、紫雲の上にのぼり給ふべし。成仏得脱してさとりをひらき給ひなば、娑婆の故郷にたちかへッて妻子を道びき給はむ事、還来穢国度人天、少しも疑ひあるべからず」とて、鐘うち鳴らしてすすめ奉る。

中将しかるべき善知識かなと思しめし、忽ちに妄念をひるがへして、西に向ひ手を合せ、高声に念仏百返ばかりとなへつつ、「南無」と唱ふる声ともに、海へぞ入り給ひける。兵衛入道も石童丸と同じく御名を唱へつつ、続いて海へぞ入りにける。



平家物語連続講義のこれまでの内容を物語の展開順にまとめました。
「平家物語連続講義放送リスト」

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〈現代語訳〉


「たとえ人がいて七種の宝石で飾った塔を建てること、高さ三十三天に至るとしても、一日の出家の効果には及ばない。たとえまた、百千年の間、百人の羅漢を供養した功徳も、一日の出家のご利益にはおよぶはずがないと仏法では説かれている。罪深かった伊予入道頼義も、強い信仰心があったから往生を遂げた。維盛様にはそのような罪はおありでないのだから、どうして浄土へ参りなさらないでしょうか。そのうえ、この熊野権現の本体は、阿弥陀如来でいらっしゃる。


まずは地獄餓鬼畜生界を無くそうという願いから、終わりは三種の真の悟りを得させようという願にいたるまで、ひとつひとつの願いが人々を教え救済するものであった。中でも阿弥陀様の18番目の願は『たとえ私が仏となっても 十方の衆生を信じさせ楽しませて さらに極楽浄土に生まれることを願って十度の念仏を唱えさせて それでもし彼らが浄土に生まれないなら私は真の悟りを得ていない』と説いたので、一度や十度くらいの念仏でも往生の望みはあります。ただ深く信じて、決して疑いなさってはいけません。


またとない想いをこめて、仮に一度、もしくは十度も念仏を唱えなさるものなら、阿弥陀仏はその無限の大きさの身体を縮めて、一丈六尺のお姿で、観音菩薩や勢至菩薩など、無数のありがたい化仏菩薩らが、幾重にも取り囲んで、音楽を奏で、歌をうたって、すぐに極楽の東の門からでてご来迎しなさるので、たとえ御自身が青い海の底に沈むとお思いになるとしても、実際は雲の上へとのぼりなさるでしょう。成仏し苦から逃れ、さとりを開きなさったなら、現世の故郷にたちかえって妻子を導きなさることは、『還来穢国度人天』と説かれていて、少しも疑いがあるはずない。」といって、鐘を鳴らして入水を勧め申し上げた。


維盛は、滝口入道のことをすばらしい導きの師であるとお思いになって、すぐに妄念を改めて、西にむかって手を合わせて、声をあげて念仏を百度となえながら、南無と唱える声とともに、海にお入りになった。兵衛入道(ひょうえにゅうどう)も石童丸(いしどうまる)も同じく仏の名を唱えながら、続いて海へとお入りになった。

posted by manabiyah at 11:24| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする