「平家物語」各場面の原文朗読・現代語訳・解説の音声ファイルを公開しています。
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2013年08月21日

10分でわかる「平家物語」巻十「三日平氏」(維盛入水を知らせる舎人武里)


↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
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繰り返し聴くこともできます。(ページ下に全訳あり。)


武里は泣く泣く八島へ参りけり。御弟新三位中将殿に御文取りいだして参らせたりければ、「あな心う、わがたのみ奉る程は、人は思ひ給はざりける口惜さよ。池の大納言のやうに頼朝に心をかよはして、都へこそおはしたるらめとて、大臣殿も二位殿も、我等にも心をおき給ひつるに、されば那智の奥にて身をなげてましますごさんなれ。さらば引具して一所にも沈み給はで、所々にふさむ事こそかなしけれ。御詞にて仰らるる事はなかりしか」と問ひ給へば、「申せと候ひしは『西国にて左の中将殿うせさせ給ひ候ぬ。一谷で備中守殿うたれさせ給ひ候ひぬ。我さへかくなり候ひぬれば、いかにたよりなうおぼしめされ候はんずらんと、それのみこそ心ぐるしう思ひ参らせ候へ』」。


唐皮・小烏の事までもこまごまと申したりければ、「今は我とてもながらふべしとも覚えず」とて、袖を顔におしあててさめざめと泣き給ふぞ、まことに理と覚えて哀れなる。故三位中将殿にゆゆしく似給ひたりければ、見る人涙をながしけり。侍どもはさしつ集ひて、只泣くより外の事ぞなき。大臣殿も二位殿も、「此人は池の大納言の様に、頼朝に心をかよはして、都へとこそ思ひたれば、さはおはせざりける物」とて、今更なげきかなしみ給ひけり。



平家物語連続講義のこれまでの内容を物語の展開順にまとめました。
「平家物語連続講義放送リスト」

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【アイテム紹介】
この本の中で、石母田正氏は「『重盛-維盛-六代』の系統の物語が、平家物語の骨格の全体ではないが、少くともその重要の一部」であるとして、「平氏の運命の予言者としての重盛の言葉が、典型的に実現されてゆく過程として、平家の作者は六代にいたる重盛の子孫をとくに浮彫したのではないか」と指摘しています。岩波新書青版「平家物語 」は平家物語成立の過程に対しての考察など、「平家物語」を読み解くためのエッセンスが凝縮された名著です。是非一読を。


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平家物語 (岩波新書)


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〈現代語訳〉


武里は泣く泣く屋島に参った。維盛の弟である新三位資盛中将殿にお手紙を取り出してさしあげると、(資盛は)「ああ情けない、私が維盛を頼るほどには、維盛は私を思っていなかったのが残念だ。池の大納言のように頼朝と心を通じて、都にいらっしゃるのだろうと、宗盛殿も、二位の尼も、我々に対してさえ警戒していなさったが、なんとそれでは、那智のおくで身をなげなさったのであるようだ。もしそうなら、我らをひきつれてともに入水することもなさらず、別々に死ぬのは悲しいことだ。言葉としておっしゃったことはなかったか。」と問いなさると、「申せとございましたことには『西国で清経がなくなりました。一の谷では師盛が討たれました。私までもがこのようになりましたので、皆様がどんなに頼りなくお思いになるだろうと、それだけを心苦しく思いもうしあげておりました』。」


からかわの鎧や、こがらすの太刀のことのことまでも細々と申し上げたところ、(資盛は)「今は私としても、生きていけるとも思えない。」と、袖を顔におしあててさめざめと泣きなさるのは、本当に道理であると思われて物悲しい。資盛殿が、亡くなった維盛殿によく似ていなさったので、宗盛殿も、二位の尼も、見るものは涙を流した。侍たちは集まって、ただ泣く以外のことはない。宗盛殿も、二位の尼も「維盛は池の大納言のように、頼朝と心を通じて、都へと思っていたのであるが、そうではいらっしゃらなかったのだ。」と、今になって嘆きかなしみなさった。

posted by manabiyah at 13:24| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする