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2013年10月03日

10分でわかる「平家物語」巻十一「逆櫓その2」(大風、大波の中、平家を攻めるために、海へと漕ぎ出した源義経)


↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
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繰り返し聴くこともできます。(ページ下に全訳あり。)


判官おほきにいかッてのたまひけるは、「野山のすゑにて死に、海河のそこにおぼれてうするも、皆これ前世の宿業なり。海上にいでうかうだる時風こはきとていかがする。むかひ風にわたらんといはばこそひが事ならめ、順風なるが少しすぎたればとて、是程の御大事にいかでわたらじとは申すぞ。舟つかまつらずは、一々にしやつばら射ころせ」と下知せらる。奥州の佐藤三郎兵衛嗣信・伊勢三郎義盛、片手矢はげ、すすみ出て、「何条子細を申すぞ。御定であるにとくとく仕れ。舟仕らずは一々に射ころさんずるぞ」といひければ、水手梶取是をきき、「射殺されんもおなじ事、風こはくは、ただ馳せ死ににしねや、者ども」とて、二百余艘の舟のなかに、ただ五艘出でてぞ走りける。のこりの船は風におそるるか、梶原におづるかして、みなとどまりぬ。


判官のたまひけるは、「人の出でねばとてとどまるべきにあらず。ただの時はかたきも用心すらむ。かかる大風大浪に、思ひもよらぬ時におしよせてこそ、思ふかたきをば討たんずれ」とぞのたまひける。五艘の舟と申すは、まづ判官の舟、田代冠者、後藤兵衛父子、金子兄弟、淀の江内忠俊とて舟奉行の乗ッたる舟なり。判官のたまひけるは、「おのおのの舟に、篝なともいそ。義経が舟を本舟として、ともへのかがりをまぼれや。火かず多く見えば、かたきおそれて用心してんず」とて、夜もすがら走る程に、三日にわたる処をただ三時ばかりにわたりけり。二月十六日の丑剋に、渡辺・福島を出でて、あくる卯の時に阿波の地へこそ吹きつけたれ。



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【アイテム紹介】「平家物語」の入門書としては最強のわかりやすさだと思います。それもそのはず、著者の千明守氏は、代々木ゼミナール講師の椎名守。予備校講師としても一流の著者による解説です。文体は架空の生徒と先生のやりとりの形式になっていて、大変に読みやすい本です。イラストなども豊富に使われていて、読んでいて眠くなりません。「平家物語」の参考書を買うならば、1冊目に選ぶべき本はこの「平家物語が面白いほどわかる本
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〈現代語訳〉


判官義経がいかっておっしゃったことには、「野山の果てで死ぬのも、海や川の底で溺れて死ぬとしても、みなこれは前世からの宿命である。海上に出て浮かんでいる時に、風が強いといってどうしようか、どうしようもない。むかい風の時に渡ろうと言うならは、間違っているだろうが、順風であるのが少し激しいからといって、これほどの大事にどうして渡るまいなどと申すのだ。舟を出さないなら、ひとりひとり、奴らを射ころせ。」と命じなさった。奥州の佐藤三郎兵衛嗣信と・伊勢の国の三郎義盛が、矢をつがえて片手に持って進み出て、「何をとやかく申しているか。義経様の命令であるのだからはやくはやく従え。舟を出さないならばひとりひとり射殺すぞ。」と言ったので、船頭や舵取りはこれをきいて、「射殺されるのも、海で死ぬのも同じ事だ。風が強いなら、ただ舟をすすめて死ぬことにしよう、みんな。」といって、二百そう余りの舟の中で、ただ五艘が走るように出航した。残りの舟は風を恐れてか、梶原景時におびえて、みな留まった。


義経がおっしゃったことには「人が舟を出さないからといって、とどまるべきではない。普通の天候の時は敵も用心しているだろう。このような大風、大波の時のように、敵の思いもよらない時に押し寄せてこそ、思い通りに敵を討つことができるだろう。」とおっしゃった。五艘の舟と申し上げるのは。まず判官義経の舟、田代の冠者の舟、後藤兵衛父子の舟、金子兄弟の舟、淀の江内忠俊といって舟奉行であった者の乗っていた舟である。義経がおっしゃったことには「それぞれの舟の先にかがり火を灯してはならない。わたくし義経の舟を中心の舟として、ともと舳先のかがり火を目標としろ。火の数が多く見えたなら敵が恐れて用心するだろう。」といって、一晩中走るようにして渡るうちに、三日で渡るべきところを6時間ほどで渡った。二月十七日未明に渡辺福島を出て、翌朝午前6時くらいには阿波の地へと吹き流れ着いた。

posted by manabiyah at 22:32| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする