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2013年10月08日

10分でわかる「平家物語」巻十一「勝浦付大坂越」(義経、阿波民部重能の弟である桜間の介能遠を攻撃)


↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
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繰り返し聴くこともできます。(ページ下に全訳あり。)


判官「何者ぞ」とのたまへば、「当国の住人、坂西の近藤六親家」と申す。「なに家でもあらばあれ、物の具なぬがせそ。やがて八島の案内者に具せんずるぞ。其男に目はなつな。にげてゆかば射ころせ、物ども」とぞ下知せられける。「ここをばいづくといふぞ」と問はれければ、「かつ浦と申し候ふ」。判官わらッて「色代な」とのたまへば、「一定、勝浦候ふ。下臈の申しやすいについて、かつらと申し候へども、文字には勝浦と書て候ふ」と申す。判官「是きき給へ、殿原。いくさしにむかふ義経が、かつ浦につく目出たさよ。此辺に平家のうしろ矢、射つべい物はないか」。「阿波民部重能がおとと、桜間の介能遠とて候ふ」。「いざ、さらば蹴散らして通らん」とて、近藤六が勢百騎ばかりがなかより、卅騎ばかりすぐりいだいて、我が勢にぞ具せられける。


能遠が城に押し寄せて見れば、三方は沼、一方は堀なり。堀のかたより押し寄せて、時をどッとつくる。城の内の兵ども、矢先をそろへて、さしつめひきつめ散々に射る。源氏の兵、是を事ともせず、甲のしころをかたぶけ、をめき叫んで攻め入りければ、桜間の介、叶はじとやおもひけむ、家子郎等にふせき矢射させ、我身は究竟の馬をもたりければ、うち乗ッて希有にして落ちにけり。判官、防き矢射ける兵ども、廿余人が頸きりかけて、いくさ神にまつり、悦の時をつくり、「門でよし」とぞのたまひける。



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〈現代語訳〉


義経が「何者だ」と問いなさると、「私はこの阿波の国の住人、坂西(ばんざい)の近藤六親家(ちかいえ)である。」と申した。「何家だかしらないが、鎧甲を脱がせてはならない。このまま屋島への案内人として連れていこう。その男から目を放すな。逃げていくなら、射殺せ、ものどもよ。」と命令なさった。(義経が)「ここはなんという場所だ。」とお問いかけになったので、(親家は)「“勝つ”うらと申します。」(と答えた。)義経が笑って「お世辞か」とおっしゃったので、(親家は)「本当にまさに勝浦と言うのです。身分の低い者は言いやすいために、かつらと申しておりますが、文字では「勝つ」に「浦」と書いております。」(と答えた。)義経がいった。「これを聞きなされ皆さん。いくさに赴く私義経が、“勝つ浦”についたことの素晴らしさよ。この辺りに平家に加担して我ら源氏を背後から攻撃しそうなものはいないか。」(親家は)「阿波民部重能の弟で、桜間(さくらば)の介(すけ)能遠(よしとお)というものがおります。」(と答えた。)(義経は)「さあ、ではそいつを蹴散らして通ろう。」といって、その近藤六親家の軍勢百騎ほどの中から、30騎ほどを選りすぐって、自分の味方としてお連れになった。


能遠の陣に押し寄せてみると、三方は沼で一方は堀である。義経軍は、堀の方から押し寄せて、戦いの時の声をどっとあげた。桜間の陣内の兵たちは、矢先をそろえて、つぎつぎとつがえては散々に射った。源氏の兵たちは、これをものともせず、甲を深く下げて顔面を守りながらも、わめき叫んで攻め入ったので、桜間の介はこれではかなうまいと思ったのか、家来達に防御の矢をうたせて、自身は屈強の馬を持っていたので、その馬にのってやっとのことで逃げのびた。義経は、守りの矢をうっていた兵たち20人ほどの首をきって、いくさの神にまつって、喜びの時の声をあげて「良い門出となった。」とおっしゃった。

posted by manabiyah at 07:50| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする