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2013年10月14日

10分でわかる「平家物語」巻十一「勝浦付大坂越その2」(大軍に見せかけながら屋島に攻め入った義経軍)


↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
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繰り返し聴くこともできます。(ページ下に全訳あり。)


八島には、阿波民部重能が嫡子田内左衛門教能、河野四郎がめせども参らぬを攻めんとて、三千余騎で伊予へこえたりけるが、河野をば、うちもらして、家子郎等百五十余人が頸きッて、八島の内裏へ参らせたり。「内裏にて賊首の実検せられん事然るべからず」とて、大臣殿の宿所にて実検せらる。百五十六人が首なり。頸ども実検しける処に、者共、「高松のかたに火出できたり」とてひしめきあへり。「ひるで候へば、手あやまちではよも候はじ。かたきのよせて火をかけたると覚え候ふ。さだめて大勢でぞ候ふらん。とりこめられては叶ふまじ。とうとうめされ候へ」とて、惣門の前のなぎさに舟どもつけならべたりければ、我も我もとのり給ふ。


御所の御舟には、女院・北の政所・二位殿以下の女房達めされけり。大臣殿父子は、ひとつ舟にのり給ふ。其外の人々思ひ思ひにとり乗ッて、或は一町ばかり、或は七八段、五六段などこぎいだしたる処に、源氏のつはものども、ひた甲七八十騎、惣門のまへのなぎさにつッと出できたり。潮干潟の、をりふし塩ひるさかりなれば、馬の烏頭、ふと腹にたつ処もあり。それよりあさき処もあり。蹴上ぐる潮のかすみとともに、しぐらうだるなかより、白旗ざッとさしあげたれば、平家は運つきて、大勢とこそ見てんげれ。判官かたきに小勢と見せじと、五六騎、七八騎、十騎ばかりうちむれうちむれいできたり。

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「平家物語連続講義放送リスト」

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〈現代語訳〉


屋島では、阿波民部重能(あわのみんぶきょう しげよし)の嫡子である田内左衛門教能(でんないざえもん のりよし)が、河野四郎が呼んでも参らないので、攻めようということで、教能は三千騎で伊予の国へ、むかっていったが、河野を討ち漏らしたが、河野の家来150人ほどの首を切って、屋島の内裏へと献上した。「内裏で敵の首の確認をすることは、ふさわしくない」ということで、平宗盛のもとでお調べになった。百五十六人が分の首であった。首の確認をしているときに、人々が「高松の方で家事がおこった」とひしめいてさわぎあっている。「昼でございますので、まさか失火ではないでしょう。敵が攻めよせて火をかけたのだと思います。きっと大軍でございましょう。とりこめられてはいけません。早く早く船でお逃げください。」と。正門の前の渚に船をつけて並べてあったので、平家の方々は我れ先にと乗りなさる。


御所の船には、建礼門院や、基通の妻であった、さだこ、二位の尼以下女房達がお乗りになった。平宗盛親子は、ひとつの船にのりなさる。それ以外の人々も思い思いに船に乗り込んで、ある者は100mほど、あるものは、何十メートルか漕ぎ出したところで、源氏の武士たちが、武装して7、80騎、正門の前のなぎさにつっと現れでた。その付近は潮干潟で、ちょうど干潮の最中であったので、馬の後ろ足の中程や、太腹くらいに背が立つところもある。それ以上に浅いところもある。馬の蹴り上げる潮のしぶきとともに、海上が霞んでいる中から、白旗をざっとさしあげたところ、平家はこれで運がつきて、義経軍を大勢だと見誤ってしまった。義経は敵に、軍勢が少ないことを見せまいとして、五六騎、七八騎、十騎ほどを一団にして、群れになって現れた。

posted by manabiyah at 19:37| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする