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2013年12月03日

10分でわかる「平家物語」巻十一「鶏合壇浦合戦」(熊野の別当湛増が、白い鶏と赤い鶏を闘わせる)


↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
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繰り返し聴くこともできます。(ページ下に全訳あり。)


さる程に、九郎大夫判官義経、周防の地におしわたッて、兄の参川守とひとつになる。平家は長門国ひく島にぞつきにける。源氏阿波国勝浦について、八島のいくさにうちかちぬ。平家ひく島につくと聞こえしかば、源氏は同国のうち、追津につくこそ不思議なれ。


熊野別当湛増は、平家へや参るべき、源氏へや参るべきとて、田辺の新熊野にて御神楽奏して、権現に祈誓し奉る。白旗につけと御詫宣ありけるを、猶うたがひをなして、白い鶏七つ、赤き鶏七つ、これをもッて権現の御まへにて勝負をせさす。赤きとり一つもかたず。みな負けてにげにけり。さてこそ源氏へ参らんと思ひさだめけれ。一門の物どもあひもよほし、都合其勢二千余人、二百余艘の舟にのりつれて、若王子の御正体を舟に乗せ参らせ、旗のよこがみには、金剛童子をかき奉ッて、壇の浦へ寄するを見て、源氏も平氏もともにおがむ。されども源氏の方へつきければ、平家興さめてぞおもはれける。


又伊予国の住人、河野四郎道信、百五十艘の兵船にのりつれてこぎ来たり、源氏と一つになりにけり。判官かたがた頼もしう力ついてぞ思はれける。源氏の舟は三千余艘、平家の舟は千余艘、唐船せうせうあひまじれり。源氏の勢は重なれば、平家の勢は落ちぞゆく。



平家物語連続講義のこれまでの内容を物語の展開順にまとめました。
「平家物語連続講義放送リスト」


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〈現代語訳〉


その間に、九郎判官義経は周防の地へと渡って、兄の三河守範頼と合流した。平家は長門の国の「ひく島」に到着した。源氏の側は阿波の国の「勝つ」浦について、屋島の戦いにうち勝った。「平家は『引く』島についた」と噂になったので、源氏が同じ国の「追い」津についたのは不思議なことだ。


熊野の別当湛増(べっとうたんぞう)は、「平家の味方として参るべきか、源氏の味方として参るべきか」と、田辺の新熊野神社で神楽を演奏し、熊野権現に祈りもうしあげた。「白旗の側につけ」とご託宣があったのだが、なおも疑って、白い鶏七羽、赤い鶏七羽、これで権現の前で勝負をさせる。赤いとりは一つも勝つ事なく、みな負けて逃げてしまった。そして、「源氏側に参ろう」と思い定めたのであった。湛増は一門の者たちを、呼び寄せて、都合その軍勢は二千人。二百艘あまりの舟に連れ立ってのって、若王子のご神体を舟に乗せもうしあげて、旗の上端の横木に熊野権現の守護神のひとつ金剛童子を描きもうしあげて、壇の浦へと舟を寄せるのをみて、源氏も平氏も、ともに拝んだ。しかし、湛増が源氏の方についたので、平家は意気消沈した。


また伊予国の住人、河野四郎道信が、百五十艘の兵をつれた舟にのっていっしょに漕ぎ来て、源氏と合流してしまった。義経はあれやこれやで頼もしく力づけられたように思われた。源氏の舟は三千艘あまり、平家側の舟は千艘ほどで中国風の大型船も少しまざっていた。源氏の軍勢が増えたので、それに伴い平家の軍勢は減っていく。

posted by manabiyah at 13:14| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする