「平家物語」各場面の原文朗読・現代語訳・解説の音声ファイルを公開しています。
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2010年11月11日

10分でわかる「平家物語」巻一「鹿谷」(鹿谷での反平家グループの謀議の場面)


↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
再生ボタンをクリックして聴くことができます。(各回10分程度)
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繰り返し聴くこともできます。(ページ下に全訳あり。)


東山の麓、鹿の谷と云ふ所は、うしろは三井寺につづいて、ゆゆしき城郭にてぞありける。俊寛僧都の山庄あり。かれにつねはよりあひよりあひ、平家ほろぼさむずるはかりことをぞ廻らしける。


或時法皇も御幸なる。故少納言入道信西が子息、浄憲法印御供仕る。 其夜の酒宴に、此由を浄憲法印に仰せあはせられければ、「あなあさまし。人あまた承り候ひぬ。唯今もれきこえて、天下の大事に及び候ひなんず」と、大きにさはぎ申ければ、新大納言けしきかはりて、ざッとたたれけるが、御前に候ひける瓶子を狩衣の袖にかけて引きたうされたりけるを、法皇「あれはいかに」と仰せければ、大納言立ち帰つて、「平氏たはれ候ひぬ」とぞ申されける。


法皇ゑつぼにいらせおはしまして、「者ども参ッて猿楽つかまつれ」と仰ければ、平判官康頼まいりて、「あら、あまりに平氏のおほう候ふに、もて醉ひて候ふ」と申す。俊寛僧都「さてそれをばいかが仕らむずる」と申されければ、西光法師「頸をとるにしかじ」とて、瓶子のくびをとてぞ入にける。


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〈現代語訳〉


東山のふもとの、鹿の谷という場所は、後ろは三井寺へと続いていて、素晴らしい城郭たる場所だった。ここに俊寛僧都所有の山荘があった。そこにいつも人々が集まって、平家を滅ぼそうというはかりごとをめぐらしていた。


ある時、後白河法皇の訪れがあった。亡くなった少納言入道信西のご子息、浄憲法印が御供申し上げた。その夜の酒の席で、この平家打倒の旨を、法皇が浄憲に仰せられなさったので、(浄憲は)「ああ驚き呆れることだ。きっと多くの人が聞いてしまう。今すぐにでもこの件が、きっと世間にもれて大事におよびますでしょう。」と大いに騒ぎ申し上げたので、新大納言成親は様子が変わって、さっとお立ちになったところ、法皇の前にございました酒の瓶、瓶子を狩衣の袖にひっかけて倒してしまったのを、法皇が「これはどうしたことだ。」とおっしゃったので、大納言は席に戻って、「へいじが倒れました」と申された。


法皇は笑いのつぼにお入りになって、「者どもよ、参って猿楽を演じて見せよ」とおっしゃったので、「ああ、あまりに瓶子(へいじ)が多くございますので、おかげで酔ってしまいました。」と申す。俊寛僧都は「それでは、それをどのように致しましょう」と申されたので、西光法師が「首をとるのが一番だ。」と言って、酒をいれた瓶子の首をとって、席に入った。

posted by manabiyah at 00:00| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする