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2010年12月16日

10分でわかる「平家物語」巻二「教訓状」(ついに後白河院との全面対決への決意を固めた清盛の言葉)


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保元に平右馬助をはじめとして、一門半ば過ぎて新院のみかたへ参りにき。一宮の御事は、故刑部卿殿の養君にてましまいしかば、かたがた見放ち参らせがたかッしかども、故院の御遺誡に任せて、みかたにて先を駆けたりき。是一の奉公也。


次に平治元年十二月、信頼・義朝が院内をとり奉り、大内にたてごもり、天下くらやみとなッたりしに、入道身を捨て凶徒を追落し、経宗・惟方を召しいましめしに至るまで、すでに君の御ために命を失はんとする事、度々に及ぶ。たとひ人なんと申すとも七代までは此一門をば、いかでか捨てさせ給ふべき。


それに、成親と云ふ無用のいたづら者、西光と云下賎の不当人めが申事につかせ給ひて、この一門亡すべき由、法皇の御結構こそ遺恨の次第なれ。此後も讒奏する者あらば、当家追討の院宣下されつと覚ゆるぞ。朝敵となッてはいかにくゆとも、益あるまじ。世をしづめん程、法皇を鳥羽の北殿へうつし奉るか、しからずは、これへまれ、御幸をなし参らせんと思ふはいかに。其儀ならば、北面の輩、矢をも一つ射てンずらん。侍共に其の用意せよと触るべし。大方は入道、院がたの奉公思ひきッたり。馬に鞍置かせよ。着背長取り出せ。


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〈現代語訳〉


保元の乱の時に、平右馬助をはじめとして、平家一門は大半が新院のみかたに参った。崇徳上皇の第一皇子のことは、父忠盛の養い君でいらっしゃったので、いろいろな方面から考えても見捨て申し上げ難かったが、亡くなった鳥羽院の遺された遺訓に従って、私は後白河天皇側の味方として先を駆けたのだ。これが第一の奉公である。


次に平治元年十二月、藤原信頼と源義朝が内裏に立てこもり、天下が暗闇となった時に、私入道は、身を捨てて逆賊を追い落として、藤原経宗・藤原惟方などの藤原信頼に味方したものたちを召し出して、戒めたことに至るまで、これまで後白河様のために命を失おうとする事は、たびたびに及んだ。たとえ人が何と申すとしても、この先、七代までは、この平家一門を、どうしてお見捨てになることができようか。いや本来はできないはずだ。


それなのに、成親という役立たずのどうしようもない者や、西光という下賎な道理を知らない者らが申すことに従いなさって、この平家一門を滅ぼそうとしたことを、後白河法皇が企てなさったことは恨むべきことである。今後も平家のことを悪く言って告げ口するものがいたら、後白河法皇は平家討伐の旨のご命令を下してしまうと思われるぞ。朝廷の敵となったら、どんなに後悔しても無駄である。世の中を静めるまでの間、法皇を鳥羽の北殿へ移し申し上げるか、そうでなければ、ここ(=西八条の邸)でもよい、お出ましさせ申し上げようと思うがどうか。そうなるなら、北面の武士たちが、矢のひとつでも打ってくるだろう。侍たちにその準備をせよと指示するがよい。もう私入道は、後白河院側へ奉公は断念する。馬に鞍をつけさせろ。鎧を取り出せ。


posted by manabiyah at 00:00| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする