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2011年02月24日

10分でわかる「平家物語」巻三「少将都帰」(藤原成経少将・平康頼入道の帰京後の様子)


↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
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繰り返し聴くこともできます。(ページ下に全訳あり。)


少将はしうと平宰相の宿所へ立ち入り給ふ。少将の母うへは霊山におはしけるが、昨日より宰相の宿所におはして待たれけり。少将の立ち入り給ふ姿を一目みて、「命あれば」とばかりのたまひて、引きかづいてぞ臥し給ふ。宰相の内の女房・侍ども、さし集ひて、みな悦び泣きどもしけり。まして少将の北の方、めのとの六条が心のうち、さこそはうれしかりけめ。六条は尽せぬ物思ひに、黒かりし髪もみな白くなり、北の方さしも花やかにうつくしうおはせしかども、いつしか痩せおとろへて、其人とも見え給はず。


ながされ給ひし時、三歳にて別れし幼き人、おとなしうなッて、髪ゆふ程なり。又、そのそばに、三つばかりなる幼き人のおはしけるを、少将「あれはいかに」とのたまへば、六条「是こそ」とばかり申して、袖を顔に押しあてて涙をながしけるにこそ、さては下りし時、心くるしげなる有りさまを見置きしが、事故なく育ちけるよと、思ひ出ても悲しかりけり。少将はもとのごとく院に召し使はれて、宰相中将にあがり給ふ。


康頼入道は、東山双林寺にわが山庄の有りければ、それに落ち着いて、まづ思ひつづけけり。


 ふる里の軒の板間に苔むして思ひしほどは漏らぬ月かな


やがてそこに籠居して、憂かりし昔を思ひつづけ、宝物集といふ物語を書けるとぞ聞えし。


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「平家物語連続講義放送リスト」

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〈現代語訳〉


成経少将は舅である平教盛の邸に入りなさった。成経少将の母上は東山の霊鷲山(りょうじゅせん)にいらっしゃたが、昨日から宰相平教盛の邸にいらっしゃって成経をお待ちになった。成経少将がお入りになる姿をひとめ見て、「いのちあればこそ」とだけおっしゃって、衣をかぶって臥しなさる。宰相の家の女房や侍たちが集まって、みな喜びに涙を流しあった。ましてや、少将の奥方や、乳母である六条の心のうちはさぞかし嬉しかっただろう。六条は尽きることのない心苦しさによって黒かった髪もみな白くなって、奥方もあれほど華やかで可愛らしくいらっしゃったのに、いつの間にかやせ衰えて、その人であるとも見えなさらない。


成経が流されなさった時に、三歳で別れた幼い者たちは成長しなさって、髪を結う程である。また、そのそばに三歳ほどである幼い子がいらっしゃったので少将は「あれはどうしたことか。」とおっしゃると、六条が「是こそ。」とだけ申して、袖を顔に押し当てて涙を流したので、「それでは都を下ったときに、北の方が身ごもっていた子が、無事に育ったのだよ。」と思い出すのも悲しかった。少将はもとのように院に召し使われて、宰相の中将の位にのぼりなさった。

康頼入道は、東山双林寺(ひがしやまそうりんじ)に自分の山荘があったので、そこに落ち着いて、まずは思いを歌にした。

「故郷の山荘の軒の 板のあいだからは 苔むしているせいで 思ったほどには 月の光が漏れて来ない」

そのままそこに籠り住んで、つらかった昔を思い続け、「宝物集」という物語を書いたと言われた。


posted by manabiyah at 00:00| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする