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2011年04月07日

10分でわかる「平家物語」巻三「法印問答」(長男重盛を失った清盛が静憲に法皇への怒りの言葉を伝える)


↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
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内府が中陰に八幡の御幸あッて御遊ありき。御嘆の色、一事も是をみず。たとひ入道がかなしみを御あはれみなくとも、などか内府が忠をおぼしめし忘れさせ給ふべき。たとひ内府が忠をおぼしめし忘れさせ給ふとも、いかでか入道が嘆を御あはれみなからむ。父子共に叡慮に背き候ひぬる事、今にをいて面目を失ふ、是一つ。


次に、越前国をば子々孫々まで御変改あるまじき由、御約束あッて下し給はッて候ひしを、内府に遅れて後、やがてめしかへされ候事は、何の過怠にて候やらむ、是一つ。


次に、中納言闕の候ひし時、二位の中将の所望候ひしを、入道随分執り申ししかども、遂に御承引なくして、関白の息をなさるる事はいかに。たとひ入道非拠を申しおこなふとも、一度はなどか聞こし召し入れざるべき。申し候はんや、家嫡といひ、位階といひ、理運左右に及ばぬ事を引ちがへさせ給ふは、本意なき御ぱからひとこそ存じ候へ、是一つ。


次に、新大納言成親卿以下、鹿谷に寄りあひて、謀反の企て候ひし事、まッたく私の計略にあらず。しかしながら君御許容あるによッてなり。事新しき申し事にて候へども、七代までは此一門をば、いかでか捨てさせ給ふべき。それに入道七旬に及んで、余命いくばくならぬ一期の内にだにも、ややもすれば、亡すべきよし、御ぱからひあり。申し候はんや、子孫あひついで朝家にめしつかはれん事ありがたし。凡そ老いて子を失ふは、枯木の枝なきにことならず。今は程なき浮世に、心を費しても何かはせんなれば、いかでもありなんとこそ思ひなッて候へ」とて、且つうは腹立し、且つうは落涙し給へば、法印おそろしうも、又哀れにも覚えて、汗水になり給ひぬ。


平家物語連続講義のこれまでの内容を物語の展開順にまとめました。
「平家物語連続講義放送リスト」

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〈現代語訳〉


「後白河法皇は、重盛の四十九日までに、八幡へお出ましてお遊びになった。お嘆きの様子がひとつも見えない。たとえ、私清盛入道のかなしみを憐れみなさらないとしても、どうして重盛の忠義をお忘れになるべきだろうか、いや忘れてはならない。たとえ重盛の忠義を忘れなさったとしても、どうして私清盛入道の嘆きへの憐れみがないのだろう。親子ともども法皇のお考えにお気持ちにそぐわなくなってしまったことで、今になって面目を失った。これが言いたいことのひとつだ。


次に重盛の知行国であった越前の国は、子孫に及ぶまで変更がないというの旨を、お約束下さってございましたのに、平家が重盛に先立たれた後、すぐにお取り上げになりました事は、我々平家になんの過失がございましたのか。これがまたひとつの言いたいことだ。


次に中納言の欠員がございました時、二位の中将からの所望がございましたので、私清盛入道も推薦し申し上げたのだが、とうとう中将を引き立てることなく、関白のご子息を中納言になされた事は、どういうことだ。たとえ、私清盛入道が理不尽なことを申し行うとしても、一度は私の意見をどうしてお聞き入れなさらないのだろう。ましてや基通は嫡男であり、位階も申し分ない。道理についてあれこれ言うに及ばない事を、変えなさったことは、我々平家にとって不本意な取り計らいだと思っております。これがまたひとつのいいたいことだ。


次に、新大納言成親卿ほかの人々が、鹿谷に寄り集まって、謀反を企てました事は、まったく彼ら個人個人の計略ではない。すべて後白河法皇の許しがあることによってである。言い古されたことを、改めて申すようでございますが、七代までは、この平家一門を、どうしてすてなさることができるだろうか。それに私清盛入道の70歳近くに及んで、余命がいくらもない私一代のうちにさえ、ややもしたら、平家を亡ぼすとの旨の、後白河法皇のご計画がある。まして、今後、子孫が朝廷に召しつかわれる事は難しい。そもそも、年老いて子供を失うのは、枯木で枝がないのと変わらない。今は余命の少ないこの世で、心を尽くしてもどうしようもないので、どうして生きていようかと思うようになりました。」といって、一方で腹を立て、一方で涙を流したので、静憲は、恐ろしくも、気の毒にも思われて、汗が流れ落ちた。



posted by manabiyah at 00:00| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする