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2011年07月21日

10分でわかる「平家物語」巻四「大衆揃」(結局六波羅を攻められずに終わってしまった三井寺園城寺側)


↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
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繰り返し聴くこともできます。(ページ下に全訳あり。)


「昔秦の昭王のとき、孟嘗君めし、いましめられたりしに、きさきの御たすけによッて、兵物三千人をひき具して、逃げまぬかれけるに、凾谷関にいたれり。鶏なかぬかぎりは関の戸をひらく事なし。孟嘗君が三千の客のなかに、てんかつといふ兵物あり。鶏のなくまねをありがたくしければ、鶏鳴ともいはれけり。彼鶏鳴高き所に走りあがり、にはとりの鳴くまねをしたりければ、関路のにはとり聞きつたへてみな鳴きぬ。其時関守鳥のそらねにばかされて、関の戸開けてぞ通しける。これもかたきのはかり事にや鳴かすらん。ただ寄せよ」とぞ申しける。


かかりし程に五月のみじか夜、ほのぼのとこそ明けにけれ。伊豆守のたまひけるは、「夜討にこそさりともと思ひつれども、ひるいくさにはかなふまじ。あれ呼びかへせや」とて、搦手、如意が峰よりよびかへす。大手は松坂よりとッてかへす。若大衆ども「これは一如房阿闍梨がなが僉議にこそ夜は明けたれ。押しよせて其坊きれ」とて、坊をさんざんにきる。ふせぐところの弟子、同宿数十人討たれぬ。一如坊阿闍梨、はうはう六波羅に参ッて、老眼より涙を流いて此由う訴ッたへ申しけれども、六波羅には軍兵数万騎馳集まッて、騒ぐ事もなかりけり。


平家物語連続講義のこれまでの内容を物語の展開順にまとめました。
「平家物語連続講義放送リスト」

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寺社勢力の中世―無縁・有縁・移民 (ちくま新書)


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〈現代語訳〉


「昔、中国の秦の昭王のとき、孟嘗君を捕らえなさったが、昭王の后のお助けによって、兵三千人を連れて、逃げのびて凾谷関という関所に至った。鶏が鳴かない限りは関所の戸が開くことはない。孟嘗君の連れた三千の食客のなかに、『てんかつ』というものがいた。このてんかつは鶏の真似をめったにないくらいうまくしたので『鶏鳴』と呼ばれた。そのてんかつが高いところに走り上って、鶏の鳴き真似をしたところ、関所付近の鶏がそれを伝え聞いてみんな鳴いた。その時関守はこの鶏の噓鳴きにだまされて、関所の戸を開けて孟嘗君を通したそうだ。これも敵の策略で鶏を鳴かせているのだろう、ただ攻め寄せよ。」と申した。

こうしていたうちに五月の短い夜は、ほのかに明けていった。伊豆守、源仲綱がおっしゃったことには、「夜討ちをかければそれでも何とかなると思ったが、昼の闘いでは平家に叶うはずはない、彼らを呼び戻せ。」といって、後ろから攻める予定だった軍勢を如意が峰から呼び戻した。正面を攻める軍勢は松坂からとって返した。若い衆徒たちは「これは一如房(いちにょぼう)の阿闍梨の長い議論のせいで夜が明けてしまったのだ。押し寄せてやつの住む僧坊を壊せ。」といって、阿闍梨真海の住む僧坊を散々に破壊した。それを防ごうとした阿闍梨真海の弟子や同宿のものが数十人討たれてしまった。阿闍梨真海はやっとのことで六波羅に参って、老いた目から涙を流してこのことを平家側に訴えたが、六波羅では軍勢が数万騎も集まっていて、まったく騒ぐこともなかった。



posted by manabiyah at 00:00| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする