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2011年09月01日

10分でわかる「平家物語」巻四「宮御最期」(以仁王を先に奈良へと急がせ源仲綱、源頼政自害)


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三位入道七十にあまッていくさして、弓手のひざ口を射させ、いたでなれば、心しづかに自害せんとて、平等院の門の内へひきしりぞいて、かたき襲ひかかりければ、次男源大夫判官兼綱、紺地の錦の直垂に、唐綾威の鎧きて、白葦毛なる馬にのり、父をのばさんと、返し合はせ、返し合はせ、ふせき戦ふ。上総太郎判官が射ける矢に、兼綱うち甲を射させてひるむところに、上総守が童次郎丸といふしたたか物、をしならべてひッくンで、どうど落つ。源大夫判官はうち甲もいた手なれども、きこゆる大ぢからなりければ、童をとて抑へて頸をかき、立ちあがらんとするところに、平家の兵物ども十四五騎、ひしひしと落ちかさなッて、ついに兼綱をば討ッてンげり。伊豆守仲綱もいた手あまたおひ、平等院の釣殿にて自害す。その頸をば、しも河辺の藤三郎清親と取ッて、大床のしたへぞなげ入れける。


六条蔵人仲家、其子蔵人太郎仲光も、さんざんにたたかひ、分どりあまたして、遂に打死にしてンげり。この仲家と申すは、故帯刀の先生義賢が嫡子也。みなし子にてありしを、三位入道養子にして不便にし給ひしが、日来の契を変ぜず、一所にて死ににけるこそむざんなれ。三位入道は、渡辺長七唱をめして、「わが頸うて」とのたまひければ、主のいけ首うたん事のかなしさに、涙をはらはらと流いて、「仕ッつともおぼえ候はず。御自害候ひて、其後こそ給はり候はめ」と申しければ、「まことにも」とて、西にむかひ、高声に十念となへ、最後の詞ぞあはれなる。



埋木の花さく事もなかりしに身のなる果てぞ悲しかりける 



これを最後の詞にて、太刀のさきを腹につきたて、うつぶさまにつらぬかッてぞ失せられける。


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〈現代語訳〉


源頼政入道は70歳を過ぎながらも戦って、左の膝がしらを射られて、重傷なので、心静かに自害しようとして、平等院の門の中へと退却して、頼政に敵が襲いかかったので、次男である源兼綱は紺色の地の錦の直垂に、唐あやおどしの鎧を着て、白あし毛の馬に乗って、父である頼政を逃がそうと、引き返しては戦い、引き返しては防ぎ戦った。上総太郎判官藤原忠綱の討った矢に、兼綱はうち甲を射られてひるんだところに、上総守藤原忠綱に仕えた童である次郎丸というしっかりした者が、馬を押し並べてくみあって馬からどうと落ちた。源兼綱はうち甲を射られて重傷ではあったが、評判の力持ちだったので、童をつかまえて首を切って、立ち上がろうとするところに、平家の武者たちが14、5騎重なりあって襲いかかり、とうとう兼綱を打ち取ってしまった。伊豆の守、源仲綱も傷をたくさん受けて、平等院の釣り殿で自害した。その仲綱の首を、しも河辺の藤三郎清親という者が取って、大床の下へと投げ入れた。


源仲家、その子仲光もさんざんに戦って、敵の首をたくさんとったが、結局討ち死にしてしまった。この仲家と申すものは、東宮護衛の長官であった源義賢の嫡子である。みなしごであったのだが、源頼政入道が養子にして可愛がりなさったのだが、日頃の約束を違えずに、同じところで死んだのことはいたわしいことだ。源頼政入道は渡辺長七唱を呼んで「私の首を討て」とおっしゃったので、唱は、主人の生きたままの首を打つことの悲しさに涙をはらはらと流して、「どうにもいたしかねます。ご自害頂いて、そののちに承りましょう。」と申したので、頼政は「本当にその通りだ」と、西に向かって声を高らかに念仏を10度唱えて、その最期の歌はしみじみと悲しいものだった。


「埋もれ木に 花の咲くことがなかったのと同じように 我が身の成り果てた様も 悲しい事だ」


これを辞世の歌として、太刀の先を腹に突き立てて、うつぶせに貫かれて亡くなった。

posted by manabiyah at 00:00| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする