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2012年03月29日

10分でわかる「平家物語」巻六「嗄声」(清盛亡きあとの、平家をとりまく不吉な動き)


↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
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繰り返し聴くこともできます。(ページ下に全訳あり。)


さる程に、越後国の住人、城太郎助長、越後守に任ずる朝恩のかたじけなさに、木曾追討のために、都合三万余騎、同六月十五日門出して、あくる十六日の卯剋にすでにうッたたんとしけるに、夜半ばかり、俄に大風吹き、大雨くだり、雷おびたたしうなッて、天霽て後、雲井に大きなる声のしはがれたるをもッて、「南閻浮提金銅十六丈の盧遮那仏、焼きほろぼし奉る平家の方人する者ここにあり。召しとれや」と、三声さけんでぞとほりける。


城太郎をはじめとして、是をきくものみな身の毛よだちけり。郎等ども「是程恐ろしい天の告の候ふに、ただ理をまげてとどまらせ給へ」と申しけれども、「弓矢とる者の、それによるべきやうなし」とて、あくる十六日卯剋に城を出でて、わづかに十余町ぞゆいたりける。黒雲一むら立ち来ッて、助長が上におほふとこそ見えけれ、俄に身すくみ心ほれて落馬してンげり。輿にかき乗せ、館へ帰り、うちふす事三時ばかりして遂に死にけり。飛脚をもッて此の由都へ申したりければ、平家の人々大きに騒がれけり。


同七月十四日、改元あッて養和と号す。其日筑後守貞能、筑前・肥後両国を給はッて、鎮西の謀叛たいらげに西国へ発向す。其日又非常大赦おこなはれて、去る治承三年にながされ給ひし人々みな召しかへさる。松殿入道殿下、備前国より御上洛、太政大臣妙音院、尾張国よりのぼらせ給ふ。按察大納言資賢卿、信濃国より帰洛とぞ聞えし。


平家物語連続講義のこれまでの内容を物語の展開順にまとめました。
「平家物語連続講義放送リスト」

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【アイテム紹介】「平家物語」の入門書としては最強のわかりやすさだと思います。それもそのはず、著者の千明守氏は、代々木ゼミナール講師の椎名守。予備校講師としても一流の著者による解説です。文体は架空の生徒と先生のやりとりの形式になっていて、大変に読みやすい本です。イラストなども豊富に使われていて、読んでいて眠くなりません。「平家物語」の参考書を買うならば、1冊目に選ぶべき本はこの「平家物語が面白いほどわかる本」です!

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〈現代語訳〉


そうしている間に、越後の国の住人である城太郎助長(じょうのたろうすけなが)は、越後守に任じた朝廷への恩へのありがたさに、木曽を討つために、合わせて3万騎あまりで、同じく治承5年6月15日に門出をし、翌16日の午前六時ごろに、出発しようとしたが、夜半ごろに突然大風が吹いて、大雨が降り、雷が激しく鳴って、天が晴れたあと、天から、大きなしわがれた声でもって何者かが、「南閻浮提(なんえんぶだい)金銅十六丈の盧遮那仏を、焼き滅ぼし申し上げた平家の味方をする者がここにいる、召し捕れ!」と、三度叫んで通っていった。


城太郎助長をはじめとして、これを聞いたものはみな身の毛がよだった。家来たちは助長に「これほど恐ろしい天のお告げがございますので、ただ道理をまげてとどまりください。」と申したが、「弓矢をとる武士が、そのようなお告げなどに従うべきではない」と、翌16日の午前6時ころに城を出て、わずかに十町あまり進んだ。黒い雲がひとかたまり立ち現れて、助長の上空を覆ったのが見えたが、突然に身がすくみ、茫然となって落馬してしまった。乗り物にのせて、館にかえって、伏せること六時間ほどで、助長はとうとう死んでしまった。飛脚でもって、このむねを都に申したところ、平家の人々は大いにお騒ぎになった。


同じく治承5年7月14日、元号が改まって養和となった。その日、筑後守貞能(ちくごのかみさだよし)は、筑前・肥後の二国を頂いて、九州の謀反を平定するために西国にむけて出発した。その日はまた、臨時の恩赦が行われて、去る治承3年に流されなさった人々がみな呼び戻された。藤原基房は備前の国から上洛し、藤原師長は、尾張の国から都にのぼりなさった。按察大納言、源資賢(すけかた)は信濃の国から、都にお帰りになった。


posted by manabiyah at 00:00| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする