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2012年05月31日

10分でわかる「平家物語」巻七「実盛」その2(故郷に錦を飾った斎藤別当)


↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
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錦の直垂をきたりける事は、斎藤別当、最後のいとま申しに大臣殿へ参ッて申しけるは、「実盛が身一つの事では候はねども、一年東国へむかひ候ひし時、水鳥の羽音におどろいて、矢一つだにも射ずして、駿河の蒲原よりにげのぼッて候ひし事、老後の恥辱ただ此事候。今度北国へむかひては、討死仕り候ふべし。さらんにとッては、実盛もと越前国の者で候ひしかども、近年御領について武蔵の長井に居住せしめ候ひき。事の喩へ候ふぞかし。故郷へは錦をきて帰れといふ事の候ふ。錦の直垂御ゆるし候へ」と申しければ、大臣殿「やさしう申したる物かな」とて、錦の直垂を御免ありけるとぞ聞えし。昔の朱買臣は錦の袂を会稽山に翻し、今の斎藤別当は其名を北国の巷にあぐとかや。朽もせぬ空しき名のみとどめをきて、かばねは越路の末の塵となるこそかなしけれ。


去四月十七日、十万余騎にて都を立ちし事がらは、なに面をむかふべしともみえざりしに、今五月下旬に帰りのぼるには、其勢わづかに二万余騎、「流をつくしてすなどる時は、おほくの魚を得といへども、明年に魚なし。林をやいてかる時は、多くの獣を得といへども、明年に獣なし。後を存じて少々はのこさるべかりける物を」と申す人々もありけるとかや。


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〈現代語訳〉


錦の直垂を着ていたことは、藤別当が、最後のいとま申しに宗盛大臣殿のもとに参上して申したことには「私、実盛の身ひとつのことではございませんが、先年、東国へとむかいました時に、水鳥の羽音に驚いて、矢一つさえも射ないで、駿河の蒲原から都に逃げのぼりましたことは、老後の恥辱として、ただただこの事がございます。このたび、北の国へ向かうにあたって、そこで討ち死にいたすつもりです。そうであることにつけては、私、実盛はもともと越前の国の者でございましたが、近年は所領の関係で武蔵の国、長井に居住させて頂きました。ことの喩えがございますよ。『故郷へは錦を着て帰れ』という言葉がございます。錦の直垂を着ることをお許しください。」と申したので、平宗盛大臣は「けなげにも申したものだなあ。」と、錦の直垂を認めたという噂であった。昔、朱買臣という者は錦のたもとを会稽山に、ひるがえしたが、今、斎藤別当は北の国々のちまたでその名をあげたということだ。朽ちることのない空しい名だけをこの世にとどめおいて、肉体は越路の末で塵となるのは悲しいことだ。


さる4月17日に、平家が十万騎で都を立った様子は、何者が立ち向かえるとも思えない程であったのに、今、5月下旬に都に帰りのぼるにあたっては、その軍勢はわづか二万騎となった。川の流れをとめてから漁をすれば、たくさんの魚を得られるが、翌年には魚はいない。林を焼いてから狩をする時は、多くの獣を得られるが、翌年には獣はいない。後のことを考えて少しは余力を残すできものだ、と申す人々もいたとかいうことだ。


posted by manabiyah at 00:00| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする