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2012年06月28日

10分でわかる「平家物語」巻七「主上都落」その2(栄華を極めた平家が都を離れ安徳天皇を連れ西国へと逃れていく)


↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
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さる程に、法皇都の内にもわたらせ給はずと申す程こそありけれ、京中の騒動なのめならず。況や平家の人々のあはて騒がれけるあり様、家々に敵の打ち入たりとも、かぎりあれば、是には過ぎじとぞ見えし。日比は平家院をも内をもとり参らせて、西国の方へ御幸行幸をもなし奉らんと支度せられたりしに、かく打ちすてさせ給ひぬれば、頼む木のもとに雨のたまらぬ心地ぞせられける。


「さりとては行幸ばかりなりともなし参らせよ」とて、卯剋ばかりに既に行幸の御輿よせたりければ、主上は今年六歳、いまだいとけなうましませば、なに心もなうめされけり。国母建礼門院御同輿に参らせ給ふ。内侍所、神璽、宝剣わたし奉る。「印鑰、時の札、玄上、鈴かなンどもとり具せよ」と平大納言下知せられけれども、あまりにあはて騒いでとり落す物ぞ多かりける。日の御座の御剣などもとりわすれさせ給ひけり。やがて此時忠卿、子息蔵頭信基、讃岐中将時実三人ばかりぞ、衣冠にて供奉せられける。近衛づかさ、御綱のすけ、甲冑を鎧ひ、弓箭を帯して供奉せらる。七条を西へ、朱雀を南へ行幸なる。


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「平家物語連続講義放送リスト」

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〈現代語訳〉


そのうちに、法皇が都の中にいらっしゃらないとうわさが立つとすぐに、都中の騒ぎは並々ではなかった。ましてや平家の人々の慌て騒ぐ様子は、仮に家々に敵が打ちいったとしても、それには限度があるので、これには過ぎまいと見えた。常日頃、平家は後白河法皇や、帝をお連れ申し上げて、西国の方へみゆきさせ申し上げようと支度をされていたのに、このように法皇が平家をお見捨てになってしまったので、あてにしていた木陰から雨が漏れてしまったような心地がされた。


「こうなったからには天皇の行幸だけはなんとしてもさせ申し上げよう」と、午前6時くらいには既に天皇のお出ましのための御輿を寄せたところ、安徳天皇は今年6歳。まだ幼くいらっしゃっるので、何も考えなく御輿にお乗りになった。天皇の母である建礼門院がいっしょにお乗り申し上げなさった。やたの鏡、やさかにのまがたま、あめのむらくもの剣、の三種の神器を渡し申し上げる。「蔵の鍵、時刻を掲示する札、玄上(けんじょう)という琵琶、鈴かという和琴も持っていけ」と、平時忠大納言が指示なさったが、あまりに慌ただしく騒がしく取り残すものが多かった。天皇の昼のおましどころにあった剣なども、お忘れになった。そのままこの時忠卿と、ご子息の蔵頭(くらのかみ)信基(のぶもと)、讃岐中将時実(ときざね)の三人だけが、衣冠姿でお供し申し上げなさった。近衞府の役人、御輿の綱をとるものが、甲冑を身につけ、弓矢を持ってお供し申し上げられた。七条大路を西へ、朱雀大路を南へ、お出ましになった。

posted by manabiyah at 00:00| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする