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2012年07月19日

10分でわかる「平家物語」巻七「一門都落」(頼盛が都落ちする平家から離れて都に帰る)


↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
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其時新中納言、涙をはらはらと流いて、「都を出ていまだ一日だにも過ぎざるに、いつしか人の心どものかはりゆくうたてさよ。まして行くすゑとてもさこそはあらんずらめと思ひしかば、都のうちでいかにもならんと申しつるものを」とて、大臣殿の御かたをうらめしげにこそ見給ひけれ。


そもそも池殿のとどまり給ふ事をいかにといふに、兵衛佐、常は頼盛に情をかけて、「御かたをばまッたくおろかに思ひ参らせ候はず。ただ故池殿のわたらせ給ふとこそ存じ候へ。八幡大菩薩も御照罰候へ」など、度々誓状をもッて申されける上、平家追討のために討手の使ひの、のぼる度ごとに、「相構て池殿の侍共にむかッて弓ひくな」など情をかくれば、「一門の平家は運つき、既に都を落ちぬ。今は兵衛佐に助けられんずるにこそ」とのたまひて、都へかへられけるとぞ聞こえし。


八条女院の仁和寺の常葉どのにわたらせ給ふに参りこもられけり。女院の御めのとご、宰相殿と申す女房にあひ具し給へるによッてなり。「自然の事候はば、頼盛かまへて助けさせ給へ」と申されけれども、女院「今は世の世にてもあらばこそ」とて、たのもしげもなうぞ仰せける。およそは兵衛佐ばかりこそ芳心は存ぜらるるとも、自余の源氏どもは、いかがあらんずらむ。なまじひに一門にははなれ給ひぬ、波にも磯にもつかぬ心地ぞせられける。


平家物語連続講義のこれまでの内容を物語の展開順にまとめました。
「平家物語連続講義放送リスト」

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【アイテム紹介】頼盛の母にあたる池禅尼が幼き頼朝の命乞いをした場面は「平治物語」に描かれています。「平家物語」以前の物語が描かれているのが「保元物語」「平治物語」。「平家物語」に比べて出版されている本の種類も少ないのですが、この小学館の「日本古典文学全集」のシリーズは「原文・現代語訳・注」が段組みになっていて非常に便利です。平将門の乱を描いた「将門記」や、前九年の役を描いた「陸奥話記」も収録されています。

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新編日本古典文学全集 41

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〈現代語訳〉


其の時、新中納言平知盛は、涙をはらはらと流して、「都を出て、まだ一日さえも過ぎないのに、早くも人の心が変わっていくのは情けないことだよ。まして今後もますますそのようにあるのだろう。都の中でどうにでもなろうと申したものだったのに。」といって、宗盛大臣殿の方を恨めしそうに見なさった。


そもそも池殿がとどまりなさった事はどうしてかというと、兵衛佐=源頼朝が、常に頼盛に情けをかけて、「あなたのことを私は全くいい加減に思い申し上げてはおりません。ただ亡くなった池禅尼がいらっしゃると思っております。八幡大菩薩も御覧になって偽りがあれば罰してください。」など頼朝は池殿にたびたび書状で申した上、平家追討のために討っ手の使いが上京するたびに、「決して池殿の武士たちにむかって弓をひくな。」などと思いをかけたので、「一門の平家の運は尽きて、すでに都を落ちた。今は頼朝に助けられよう、とおっしゃって、都へ帰られたと噂になった。

八条の女院が、仁和寺のときわどのにいらしゃったので、そこに池殿は参って籠りなさった。池殿は女院の乳母の子である宰相殿と申しあげる女房と連れ添っていなさったことによってである。「万が一のことがございましたら、私頼盛を是非ともお助けください。」と申されたが、女院は「今は世が世であるから」といって、頼りなくおっしゃった。およそ頼朝だけは、池殿頼盛に親切心をお持ちであるが、それ以外の源氏たちは、どうであろう。なまじ平家一門と離れてしまったことで、池殿は波にも磯にもつかない不安な心地がしなさった。

posted by manabiyah at 00:00| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする