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2014年03月21日

10分でわかる「平家物語」巻十一「重衡被斬」その2(奈良の仏教勢力に引き渡された重衡の処刑)



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南都の大衆うけとッて僉議す。「抑此重衡卿は大犯の悪人たるうへ、三千五刑のうちにもれ、修因感果の道理極上せり。仏敵法敵の逆臣なれば、東大寺・興福寺の大垣をめぐらして、のこぎりにてやきるべき、堀頸にやすべき」と僉議す。老僧どもの申されけるは、「それも僧徒の法に穏便ならず。ただ守護の武士にたうで、木津の辺にてきらすべし」とて、武士の手へぞかへしける。


武士これを受けとッて、木津川のはたにてきらんとするに、数千人の大衆、見る人いくらといふ数を知らず。三位中将のとしごろ召しつかはれける侍に、木工右馬允知時といふ者あり。八条女院に候ひけるが、最後を見たてまつらんとて、鞭をうッてぞ馳たりける。すでに只今きりたてまつらむとするところにはせついて、千万立かこうだる人の中をかきわけかきわけ、三位中将のおはしける御そばちかう参りたり。「知時こそただ今御最後の御有様見参らせ候はんとて、是まで参りてこそ候へ」と泣く泣く申しければ、中将「まことに心ざしのほど神妙なり。仏ををがみ奉ッてきらればやと思ふはいかがせんずる。あまりに罪深うおぼゆるに」とのたまへば、知時「やすい御事候ふや」とて、守護の武士に申しあはせ、そのへんにおはしける仏を一体むかへ奉ッて出できたり。幸に阿弥陀にてぞましましける。河原のいさごのうへに立て参らせ、やがて知時が狩衣の袖のくくりをといて、仏の御手にかけ、中将にひかへさせ奉る。

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〈現代語訳〉


奈良の僧侶たちが重衡を受け取って協議した。「そもそもこの平重衡は大罪を犯した上に三千五刑にもないほどの罪で、その因に応じた報いをうけるのは極めて当然のことだ。重衡は仏の敵、仏教の敵であって反逆者であるので、東大寺や興福寺の大垣を引き回して、首をのこぎりで斬るべきか、堀頸にするべきか。」と皆で話し合った。老僧たちが申されたことには、「そのような残酷なやり方は僧侶の選ぶ方法としては穏やかでない。ただ守護の武士に預けて、木津の辺りで斬らせるがよい」といって、武士の手へと戻した。


武士が重衡を受け取って、木津川の端で斬ろうとしたところ、数千人の僧侶たちや、見物の者が幾人いるか、数え切れないほどであった。重衡中将が長年召し使っていた侍に、木工右馬允知時(むくうまのじょう・ともとき)という者がいた。八条の女院にお仕え申し上げていたが、重衡の最期を見申し上げようと、鞭を打って馬をかけさせてきた。もう今、斬り申し上げようとする時に馳せ参じて、おびただしい数の囲んでいる人々の中をかきわけかきわけして、重衡がいらしゃるおそば近くに参上した。「私知時はたった今、あなたの最期のご様子を見申し上げましょうと、ここまで参りました、」と泣きながら申したところ、重衡は「本当にあなたの想いは殊勝なことだ。仏を拝み申し上げながら斬られたいと思うがどうであろう。あまりにも私の罪は深いと思われるので。」とおっしゃったところ、知時は「たやすいことでございます」と言って、守護である武士と申し合わせて、その辺りにいらっしゃった仏像を一体むかえ申し上げて出て来た。幸いなことにそれは阿弥陀仏でいらっしゃった。河原の砂の上にその阿弥陀の像を立て申し上げて、すぐに知時は狩衣の袖のひもを解いて、仏の手にかけて、重衡の手にとらせ申しあげた。


posted by manabiyah at 23:36| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする