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2014年05月16日

10分でわかる「平家物語」巻十二「六代」その3(六代の助命のために文覚が動き出す)


↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
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繰り返し聴くこともできます。(ページ下に全訳あり。)


北条にのたまひけるは、「此若君を見奉るに、先世の事にや候ふらん、あまりにいとほしう思ひ奉り候ふ。廿日が命をのべてたべ。鎌倉殿へ参ッて申しあづかり候はむ。聖、鎌倉殿を世にあらせ奉らんとて、わが身も流人でありながら、院宣うかがうて奉らんとて、京へ上るに、案内もしらぬ富士川の尻に、よるわたりかかッて、既におしながされんとしたりし事、高市の山にてひッぱぎにあひ、手をすッて命ばかりいき、福原の籠の御所へ参り、前右兵衛督光能卿につき奉ッて、院宣申しいだいて奉りしときの約束には、『いかなる大事をも申せ。聖が申さん事をば、頼朝が一期の間はかなへん』とこそのたまひしか。其後もたびたびの奉公、かつは見給ひし事なれば、ことあたらしう始而申すべきにあらず。契を重うして命を軽うず。鎌倉殿に受領神つき給はずは、よもわすれ給はじ」とて、その暁立ちにけり。


斎藤五・斎藤六是をきき、聖を生身の仏の如く思ひて、手を合せて涙をながす。いそぎ大覚寺へ参ッて此由申しければ、是をきき給ひける母うへの心のうち、いか計かはうれしかりけむ。されども鎌倉のはからひなれば、いかがあらんずらむとおぼつかなけれども、当時聖のたのもしげに申して下りぬるうへ、廿日の命ののび給ふに、母うへ・めのとの女房すこし心もとりのべて、ひとへに観音の御たすけなればと、たのもしうぞ思はれける。


平家物語連続講義のこれまでの内容を物語の展開順にまとめました。
「平家物語連続講義放送リスト」
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【商品紹介】「平家物語」には数多くの異本(バージョン違い)がありますが、新潮社から出版されている「百二十句本」は、灌頂巻を持たず、この六代が斬られて終わる「断絶平家」と呼ばれるタイプの本です。八坂流の琵琶法師の語りと関係が深いと言われています。

平家物語(百二十句本) 上

平家物語(百二十句本) 中

平家物語(百二十句本) 下


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〈現代語訳〉


文覚が北条におっしゃったことには「この六代の若君を見申し上げると、前世からの因縁でございますのか、あまりにも気の毒に思い申しあげます。二十日の命をのばしてくだされ。頼朝殿のもとに参って願い出て身柄を預けて頂きましょう。私はかつて頼朝殿を世間にお出し申し上げようとして、自身も流人でありながらも、後白河院の院宣を頂いて、頼朝殿にさしあげようと都にのぼったが、詳しい様子も知らない富士川の下流で、夜中に渡ろうとして、まさに押し流されそうになった事もあり、高市の山でおいはぎにあって、手をすって命だけは生き延びたり、福原の、おし籠められた院の御所に参って、前の右兵衛督である光能の卿に願いもうしあげて、院宣を頂き申し上げて、頼朝殿にさしあげた時の約束に『どのような大事でも申し上げよ。あなたが申すようなことは、頼朝の生きている間は叶えよう』とおっしゃった。その後も私がたびたび頼朝殿に奉公したことは、あなたも見なさったことであるので、今さら新たに申し上げる必要はない。私は約束を重んじて、自分の命は軽んじている。頼朝殿に受領神がつきなさっていないなら、まさかお忘れではないだろう。」と、文覚はその明け方に鎌倉へと出発した。


斎藤五と斎藤六はこの文覚の言葉を聞いて、文覚を生身の仏のように思って、両手を合わせて涙を流した。急いで大覚寺に参ってこの旨を申したところ、これを聞きなさった母上の心の中はどれほど嬉しかったことであろう。しかしながら鎌倉での取り計らい次第のことであるので、どうなることだろうと不安であったが、今は文覚が頼もしい感じで申して鎌倉へくだった上に、六代の命が二十日間のびなさったので、母上も、めのとの女房も少し心が安らいで、「ただただ観音菩薩のお助けだから」と頼もしく思われた。

posted by manabiyah at 16:27| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする