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2014年06月13日

10分でわかる「平家物語」灌頂巻「大原入」(建礼門院徳子は出家し寂光院で尼としての日々を過ごす)


↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
再生ボタンをクリックして聴くことができます。(各回10分程度)
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繰り返し聴くこともできます。(ページ下に全訳あり。)


「山里は物のさびしき事こそあるなれども、世のうきよりはすみよかんなるものを」とて、思し召したたせ給ひけり。御輿なンどは隆房卿の北の方の御沙汰有りけるとかや。文治元年長月の末に、彼寂光院へいらせ給ふ。道すがら四方の梢の色々なるを御覧じすぎさせ給ふ程に、山かげなればにや、日も既にくれかかりぬ。野寺の鐘の入相の音すごく、わくる草葉の露しげみ、いとど御袖ぬれまさり、嵐はげしく木の葉みだりがはし。空かき曇り、いつしかうちしぐれつつ、鹿の音かすかに音信れて、虫の恨もたえだえなり。とに角にとりあつめたる御心ぼそさ、たとへやるべきかたもなし。浦づたひ島づたひせし時も、さすがかくはなかりし物をと、おぼしめすこそかなしけれ。岩に苔むしてさびたる所なりければ、住ままほしうぞおぼしめす。


露結ぶ庭の萩原霜がれて、籬の菊の枯れがれにうつろふ色を御覧じても、御身の上とやおぼしけん。仏の御前に参らせ給ひて、「天子聖霊成等正覚、頓証菩提」といのり申させ給ふにつけても、先帝の御面影ひしと御身にそひて、いかならん世にか思召しわすれさせ給ふべき。さて寂光院のかたはらに方丈なる御庵室をむすんで、一間をば御寝所にしつらひ、一間をば仏所に定め、昼夜朝夕の御つとめ、長時不断の御念仏、おこたる事なくて月日を送らせ給ひけり。


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〈現代語訳〉


「山里は寂しいところであるそうだが、俗世のつらさに比べれば住み良いだろう」とご決心された。乗り物の輿は隆房の卿の北の方が手配されたということだ。文治元年九月の終わりに、その寂光院に徳子はお入りになった。道中、周囲の木々の梢が色とりどりに紅葉している様子をご覧になりつつ過ぎ行きなさる間に、山陰であるからだろうか、日もすぐに暮れかかった。野寺で鳴る夕暮れの鐘の音はもの寂しく、踏み分ける草の葉のつゆが多いので、ますます袖が濡れまさって、嵐が激しく木の葉も乱れ散っていた。空が曇って、はやくも時雨が降って、鹿の声がかすかに聞こえてきて、虫の恨むように鳴く声も絶え絶えに響く。あれこれと、とりそろえたかのような心細い風情は、何にもたとえようがない。「浦々島々を漂った時も、そうはいってもこれほど切なくは無かったのに」とお思いになったのは悲しいことだ。岩に苔がむして、もの寂しいところであるので、住みたいとお思いになった。


露の置く庭の萩原は霜に枯れていて、籬の菊たちも枯れて色の変わった様子をご覧になるにつけ、徳子は御自身の身の上をお思いになっただろう。徳子は仏の前に参上なさって「わが子安徳天皇の魂が悟りに達し、すみやかに菩提に至りますように」と祈り申し上げるにつけても、わが子安徳帝の面影がぴったりと我が身に寄り添って、どのような世にお忘れになるだろうか、いやお忘れにはなれない。そして寂光院の側に一丈四方の庵室を設けて、一部屋を寝室にしつらって、一部屋に仏像を安置し仏間として、昼夜・朝夕、勤行しなさって、常に絶えず行う念仏を、怠ることなくして月日を送りなさった。


posted by manabiyah at 12:56| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする