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2014年07月02日

10分でわかる「平家物語」灌頂巻「大原御幸」その2(寂光院を訪れた後白河法皇は年老いた尼と言葉を交わす)


↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
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繰り返し聴くこともできます。(ページ下に全訳あり。)


「女院はいづくへ御幸なりぬるぞ」と仰せければ、「この上の山へ花つみにいらせ給ひて候ふ」と申す。「さやうの事につかへ奉るべき人もなきにや。さこそ世を捨る御身といひながら、御いたはしうこそ」と仰せければ、この尼申しけるは、「五戒十善の御果報つきさせ給ふによッて、今かかる御目を御覧ずるにこそ候へ。捨身の行になじかは御身を惜しませ給ふべき。因果経には「欲知過去因、見其現在果、欲知未来果、見其現在因」ととかれたり。過去未来の因果をさとらせ給ひなば、つやつや御嘆あるべからず。悉達太子は十九にて伽耶城をいで、檀徳山のふもとにて、木葉をつらねてはだへをかくし、嶺にのぼりて薪をとり、谷にくだりて水をむすび、難行苦行の功によッて、遂に成等正覚し給ひき」とぞ申しける。


この尼のあり様を御覧ずれば、きぬ布のわきも見えぬ物を結び集めてぞ着たりける。「あの有様にてもかやうの事申す不思議さよ」と思し召し、「抑汝はいかなるものぞ」と仰せければ、さめざめとないて、しばしは御返事にも及ばず。良あッて涙をおさへて申しけるは、「申すにつけても憚おぼえ候へども、故少納言入道信西がむすめ、阿波の内侍と申しし者にて候ふなり。母は紀伊の二位、さしも御いとおしみ深うこそさぶらひしに、御覧じ忘させ給ふにつけても、身のおとろへぬる程も思ひ知られて、今更せんかたなふこそおぼえ候へ」とて、袖を顔におしあてて、しのびあへぬさま、目もあてられず。


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〈現代語訳〉


「女院はどこへお出かけになったのか」と法皇がおっしゃると、(尼は)「この上の山に花を摘みにお入りになっております」と申した。「そのような事に仕え申しあげる人もいないのだろうか。そのように世を捨てた身といいながらも、おいたわしいことだよ」と(法皇が)おっしゃったので、この尼が申したことには「建礼門院徳子様は五戒十善の御果報が尽きてしまいなさったことで、今このような目をご覧になっているのです。身を捨てた仏道修行にどうして身を惜しみなさるべきでしょうか。惜しんではなりません。因果経にはこのようにあります。『過去の因を知りたければ、現在現れている結果を見よ。未来の結果を知りたいなら、現在の因を見るがよい』(と説かれている。)過去と未来の因果を悟りなさったならば、全くお嘆きがあるべきではない。お釈迦様の前身であるシッタールダは十九歳で伽耶城という所を出て、檀徳山という山のふもとで、木の葉を重ねて肌を隠し、峰にのぼって薪をとって、谷にくだって水をすくって、難行苦行のおかげで、仏としての悟りを得なさった。」と申した。


法皇がこの尼の様子をご覧になると、絹なのか麻や木綿の布なのか、区別もわからないようなものをつなぎ合わせて着ていた。「あのような様子であっても、このようなことを申す不思議さであるよ」と(法皇は)お思いになって、「そもそも、あなたは何者なのか」とおっしゃったところ、その尼はさめざめと泣いてしばらくは返事をすることもできない。しばらくたって涙を抑えながら申したことには、「申し上げるにつけてはばかられると思われますが、私は亡くなった少納言信西入道のむすめで、阿波の内侍と申したものでございます。母は紀伊の二位です。かつてあれほど深いご寵愛がございましたのに、法皇様が私を見忘れなさったことにつけても、我が身の衰えてしまった程度が思い知られて、今さらもうどうしようもないことだと思われます。」といって、袖を顔におしあてて、耐え切れない様子は、見ていられない程である。

posted by manabiyah at 17:34| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする