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2014年08月08日

10分でわかる「平家物語」灌頂巻「女院死去」その2(建礼門院徳子に臨終の時が訪れる)


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抑壇の浦にていきながらとられはし人々は、大路をわたして、かうべをはねられ、妻子にはなれて、遠流せらる。池の大納言の外は一人も命をいけられず、都におかれず。されども四十余人の女房達の御事、沙汰にも及ばざりしかば、親類にしたがひ、所縁についてぞおはしける。上は玉の簾の内までも、風しづかなる家もなく、下は柴の枢のもとまでも、塵をさまれる宿もなし。枕をならべしいもせも、雲ゐのよそにぞなりはつる。やしなひたてし親子も、ゆきがたしらず別れけり。しのぶ思ひはつきせねども、歎きながらさてこそすごされけれ。是はただ入道相国、一天四海を掌ににぎッて、上は一人をも恐れず、下は万民をも顧ず、死罪流刑、思ふさまに行ひ、世をも人をも憚かられざりしがいたす所なり。父祖の罪業は子孫にむくふといふ事疑なしとぞ見えたりける。


かくて年月をすごさせ給ふ程に、女院御心地例ならずわたらせ給ひしかば、中尊の御手の五色の糸をひかへつつ、「南無西方極楽世界教主弥陀如来、かならず引摂し給へ」とて、御念仏ありしかば、大納言佐の局・阿波内侍、左右に候ひて、いまをかぎりのかなしさに、声も惜しまずなき叫ぶ。御念仏の声やうやう弱らせましましければ、西に紫雲たなびき、異香室にみち、音楽そらにきこゆ。かぎりある御事なれば、建久二年きさらぎの中旬に、一期遂におはらせ給ひぬ。后の宮の御位よりかた時もはなれ参らせずして候はれ給しかば、御臨終の御時、別路にまよひしも、やるかたなくぞおぼえける。此女房達はむかしの草のゆかりもかれはてて、よるかたもなき身なれども、折々の御仏事、営み給ふぞあはれなる。遂に彼人々は、竜女が正覚の跡をおひ、韋提希夫人の如くに、みな往生の素懐をとげけるとぞきこえし。

平家物語連続講義のこれまでの内容を物語の展開順にまとめました。
「平家物語連続講義放送リスト」
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〈現代語訳〉


そもそも壇の浦で生け捕りにされた人々は、都の大通り引き回し、首をはねられ、妻子と離れて、遠く地方へと流された。池の大納言頼盛以外は一人として命を生かされず、都におかれなかった。それでも四十人余りの女房たちのことは、処分におよぶこともなかったので、親類に従ったり、様々な縁者のもとに身を寄せなさった。上は立派な邸宅の中までも、風が静かな平和な家もなく、下はいやしい柴の戸の住居まで、塵のたたない落ち着いた家もない。枕を並べて寝ていた男女も、互いに雲のむこうのように、遠く離ればなれになった。養い育てた親と子も、行方知れずとなって別れた。互いをしのぶ想いはつきないが、嘆きつつそのままお過ごしになった。これはひたすら清盛入道が天下をその手におさめて、上は誰一人として恐れず、下は全ての民を顧みないで、死罪や流刑を思うがままにおこなって、世の中にも人々にも、遠慮することなかったことが、作用したものである。父祖の罪業が子孫に報いるということは、疑いないと見えた。


こうして年月を過ごしなさっているうちに、女院は、ご体調がいつもと違うようになりなさったので、阿弥陀如来の手にかけた五色の色の糸を持ちながら、「ああ、西方極楽世界にいらっしゃる阿弥陀如来様、必ず極楽へとお導きください」と、念仏を唱えられたので、大納言の佐の局と阿波の内侍は女院徳子の左右にひかえて、最期を見届ける悲しさに、声も惜しまないで泣き叫んだ。念仏の声がしだいに弱りなさったところ、西の方に紫の雲がたなびいて、すばらしい香りが部屋に満ちて、音楽が空中に聞こえた。限りのあるお命であるので、建久二年二月の中旬に、女院徳子はその生涯をとうとう終わりなさった。二人の女房は女院が中宮の位にいた時から、片時も離れ申し上げることなく、お仕え申し上げなさったので、女院ご臨終の時の、別れ際した迷いの心を、晴らしようもなく思われた。この女房達はむかしの縁者たちも亡くなりはてて、身よりもなかったが、命日ごとの仏事を営みなさったのは、しみじみ感慨深いことであった。とうとうその女房達も、竜女の悟りの後を追って、韋提希夫人のように、みな極楽往生という平素からの願いを果たしたと伝わっている。



posted by manabiyah at 07:37| 平家物語過去分 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする