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2014年08月15日

2014年・平家物語を巡る旅1(奈良の都の盂蘭盆会)

2泊3日で「平家物語を巡る旅2014年」に行って来た!
初日(8月15日)は奈良へ。

8時過ぎには京都着。
まずは宿泊予定の京都駅前の新阪急ホテルに荷物の一部を預けておく。

京都からJRで奈良へ。
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さらに乗り換えて法隆寺駅へ。

法隆寺駅からはバス。
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法隆寺着。天気予報は曇だったけど、見事に晴れた。
言わずと知れた聖徳太子ゆかりの寺。
「平家物語」では巻二「教訓状」で重盛が父清盛を諌める場面で「十七条の憲法」が引用される。
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周囲に他の建物が無いのが良い。時空を越えて、飛鳥時代へ。
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五重塔!!
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正岡子規の「柿食へば〜」の碑があることを、
寺の人に教えてもらった。
(案内図には載っていなかったと思う。)
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夢殿。
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そして12時ジャストの「法隆寺の鐘」を聞く。
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ランチ。デザートに柿ソフトクリーム。
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昼食後はいったんバスで法隆寺駅へ戻ってから奈良駅へ。
さらにバスで法華寺へ。


ここには「平家物語」の「滝口入道と横笛の悲恋のエピソード」で有名な「横笛」が、
尼となって住んでいたことで知られる横笛堂や、横笛の像がある。
(俊寛の娘が尼となった寺でもある。)
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本堂では淡々と解説テープが流れていた。

これが横笛堂なのだが、
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「この建物は当寺の由緒ある文化財建造物です」とか書いてあるだけで、

特に詳しい説明はなし。なんとも素っ気ない。



庭の方には光明皇后が千人の垢を、
自ら流したという伝説で知られる蒸し風呂「から風呂」があった!
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おお、この話は昔学研のマンガで読んだぞ。


歴史的にはそれなりに由緒あるはずの法華寺だが、
拝観者は僕らの他は一人だけ。
お寺の人も二人くらいしかいなくて、静かな雰囲気。


まあ、要するに閑散としたということだが、
普通のありがちな観光ルートを辿る旅ではなく、
こういう所を訪れるのもまた「平家物語を巡る旅」の面白さだ。

帰りはバスの本数が少ない上に、日射しが強くて大変。
バスを待っている間に暑さで倒れそうだった。
今回は夏場の旅行ということもあって、
ペットボトルを何本買っても足りないくらいだった。

ようやくバスに乗り込み、近鉄奈良駅に移動。
ここからはメジャーところの大寺院へ。

やはり平家物語で奈良といえば、真っ先に思いつくのが、
平重衡による「南都焼き討ち」だろう。治承4年(1180年)の大事件。

平家の政権運営を妨げる一大勢力だった奈良の仏教勢力を討伐すべく、
奈良を攻めた平重衡により興福寺や東大寺が焼失した。
(「平家物語」では過失で火が燃え広がったことになっている。)


そんな興福寺と東大寺を訪れた。ともに奈良公園の中にある。

興福寺!!
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国宝館では阿修羅像が有名な乾漆八部衆像や、
金剛力士像、千手観音菩薩像などを観ることができた。

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奈良公園には鹿がたくさん。

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ちなみに興福寺の宝蔵院跡(奈良国立博物館近く)には、
宝蔵院流槍術発祥の地の石碑がある。
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宝蔵院流槍術は宮本武蔵でもお馴染み。
吉川英治の「宮本武蔵」でも、武蔵がこの場所を訪れている。
武蔵ファン、吉川英治ファンには重要な場所だ。

宝蔵院の背中合わせの隣に「奥蔵院」というところがあった。
武蔵は宝蔵院を訪れる過程でその「奥蔵院」に立ち寄る、
実は宝蔵院の隣のその奥蔵院に隠居していた老僧こそが、
宝蔵院の先代の胤栄(いんえい)の友人であり、
宝蔵院二代目である胤舜(いんしゅん)に、
槍術を伝えた日観(にっかん)という者であった。

武蔵は奥蔵院を過ぎて、宝蔵院へと向かう際に、
畑仕事をしている老僧日観を目撃する。
そして、気がつくと武蔵はその老人の視線が、
じっと自分の足下を射ているような感覚を感じて、
思わず九尺も横を飛んで通ってしまう。

そして、その出来事について、その後日観本人から、
こんなことが語られる。

武蔵が既に発していた殺気を、
鍬の先に感じた日観は、
それに対して心に武装をもったに過ぎない。
つまり武蔵が老人に感じた殺気はむしろ、
武蔵自身の影法師であった、と。
武蔵は「自分の影法師に自分で飛び退いただけ」だと。

「おん身は強過ぎる、もっと弱くならなにゃいかん」と言われた武蔵は、
未熟な自分を思い知らされて、すさまじい敗北感にさいなまれる。

この宝蔵院流槍術発祥の地の石碑を過ぎて、東大寺に辿り着く。
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言わずと知れた奈良の大仏のあのお寺。
この寺も大仏も、興福寺と同じく、
治承4年(1181年)の平家による南都焼き討ちで焼失し、
後に復興されたという経緯を辿っている。


金剛力士像がお出迎え。
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鹿も。
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大仏殿。
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中には大仏!
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焼き討ち後の、大仏殿再建時の模型もあった。
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上にのびている急な階段のようなものがある。
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「平家物語」によると。

焼き討ちの当時、平家勢の来襲を恐れて、
大仏殿の二階に千人余りの人がのぼった後に、
敵が来ないようにと階段を外してしまった。
そこへ炎が襲って来る。人々は逃げるに逃げられず、
焼け死んでしまったという。


そんなことを思い出す。

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文化財を火災から守ろう!…そうだよね。


さて、東大寺を拝観し終わってから、
吉野本葛の天極堂にて夕食。
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この後、再び東大寺へ。
実は8月15日は、19時から22時まで、
大仏殿にたくさんの灯籠がお供えされ、
「万灯供養会」が行われるのだ。


「大仏殿正面の観相窓が開いて、
大仏の顔が灯火に浮かび上がる様子を
参道から観ることができる」


というスペシャルイベントだ!


そんなわけで19時めがけて再び東大寺へ。
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夜の東大寺の様子。これは荘厳で神秘的。
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大仏殿の外から大仏の顔が見える!!
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大仏殿を飾る灯籠。

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中では読経が行われている。
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夜の東大寺は実に美しかった。


そこから春日大社へ移動。

春日大社では「中元万灯籠」が催されている。
これも期間限定もの。(2月の節分と8月のお盆の時だけ。)
お盆の時期に奈良を訪れるからこそ体験できる空間だ。
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近鉄奈良から電車に乗って京都へ。
京都駅前の新阪急ホテルにチェックインする頃には、
もう22時を過ぎていた。

翌16日は鞍馬へ。(続く。)

posted by manabiyah at 00:00| 平家物語を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする