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2015年06月28日

吉川英治記念館のイベント「旧吉川邸を隅から隅まで見てみよう」に参加してきた。

「学びYah!」では2014年夏から、「新・平家物語」の朗読や解説をお送りする「新・平家物語連続講義」を放送している。

これまでの放送分はこちらにある。→「新・平家物語連続講義放送リスト」

「新・平家物語」の作者は吉川英治。
実は僕は、6月28日に、青梅にある「吉川英治記念館」で催されたイベント、
「旧吉川邸を隅から隅まで見てみよう」に参加してきた。

吉川英治記念館は、吉川英治が昭和19年3月、
家族と共に東京赤坂から疎開し、昭和28年8月まで生活していたところだ。
戦中から戦後の時期。「新・平家物語」の書かれた時代とも重なる。
(「新・平家物語」は、昭和25年4月から昭和32年3月までの7年間に渡って、週刊朝日に連載された。)

現在、その家が記念館となっていて、吉川英治にまつわる様々な展示を見ることができる。(年間の開館日は3、4、5、9、10、11の6ヶ月間)
http://corp.kodansha.co.jp/yoshikawa/

そんな吉川英治記念館の特別企画「旧吉川邸を隅から隅まで見てみよう」は、旧吉川英治邸の中を普段は公開していない場所も含めて公開し、学芸員さんと、吉川英治ご長男の吉川英明さん(館長)の、解説付きで見ることのできるプレミアムな企画(要申し込み&抽選)。

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僕は今回初めて、この企画に参加してきた!

吉川英治記念館はJR青梅線・二俣尾駅から徒歩15分。

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青梅駅からバスでも行けるけど、

途中の奥多摩橋からの眺めが素晴らしいので、
二俣尾駅からルートがおススメ。


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この旧吉川邸は、養蚕農家の屋敷を買い取ったもの。

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それらしい作りを感じさせるところも残されている。

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こちらは原稿を取りに来る出版社の方などが待つ場所として使われたところ。
和室と洋室が合体したような作りになっている。

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1階の和室。ここを執筆の場所として使っていた時代もあったという。

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実はここまでは、昨年度の「英治忌」の際に僕も入ったことがあった。

だが、今回のイベントのすごいところは、やはり!
通常の公開では「立ち入り禁止」になっている、

「書斎」にまで入ることができるという点。

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あの吉川英治の使った原稿用紙や、万年筆!

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そして資料として使ったと思われる蔵書などを、

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目の前で見ることができる!

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そして有名な言葉、「吾以外皆吾師」の掛け軸。

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この言葉については、こちらに説明がある。
http://corp.kodansha.co.jp/yoshikawa/faq/
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>吉川英治「新書太閤記」の『大坂築城』という章に、このように書かれています。

秀吉は、卑賤に生れ、逆境に育ち、特に学問する時とか教養に暮らす年時などは持たなかったために、常に、接する者から必ず何か一事を学び取るということを忘れない習性を備えていた。
だから、彼が学んだ人は、ひとり信長ばかりでない。どんな凡下な者でも、つまらなそうな人間からでも、彼は、その者から、自分より勝る何事かを見出して、そしてそれをわがものとして来た。
――我れ以外みな我が師也。
と、しているのだった。

>これこそが、吉川英治の人生に対する処し方でした。

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この掛け軸も通常の公開では建物の外からしか見る事はできない。

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でもこの特別企画では…!

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おお!!すごい。こんな近くで。

そしてこの箱は、
「地図」を収納するためのもの。

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吉川英治の小説は、伝奇小説にせよ、歴史小説にせよ、
日本全国いろいろなところがその舞台となるわけだが、
吉川英治氏自身がその地に実際に赴いて取材するということは、
極めて少なかったらしい。

あの「宮本武蔵」ですら書き始められた時点では、
ご自身は、まだ武蔵生誕の地の宮本村に行ったことは無かったとか。

そう。吉川英治はこんなふうに「地図」を見て、
各地の地形や地名を探り、後は作家としてのイマジネーションを駆使して、
あれだけ多くの作品を書いたということなのだ!

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おお!そうなんだ!!
創作の秘密を知った!!

こちらは3階(屋根裏)部分。
ここもなかなか入れる場所ではない。
作りが養蚕農家だった時の名残を感じさせる。

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左下にある機械は当時珍しい低周波治療器。
胃腸が弱かったためか、逆に健康オタクっぽい面もお持ちだったとか。
右端はゴルフバッグ。ゴルフも健康維持のために医師に勧められて始めたとか。

こちらが3階から見た、外の眺め。

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戦争の頃、ご長男の吉川英明さん(館長)は、
午前3時ころ、急にお父上に起こされて、
ここに写っている椎の木の根元の当たりで、
東京が空襲で焼ける様子を見せられたという。

そして、その際、B29が、この地からほんの1キロ半ほどの山中に、
墜落する瞬間を目撃したという。

再び1階。

昭和20年8月15日。

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この場所にあったラジオで、玉音放送を聴いた吉川英治は、
突っ伏して声をあげて泣いたということだ。

終戦後は様々な人がこの場所を訪れてきたとのこと。
戦地から引き揚げて来た方や、作家志望の方、ヤクザもののような人、
一説によれば、空手家の大山倍達も来たとか。(目撃者がいないらしいが。)

一方で、無条件降伏に納得せずに不穏な動きをしていた海軍航空隊を、
説得するよう依頼されて「今日は帰れないかもしれない」と言いながら、
ゲートルを巻いて出ていったということもあった。

ちなみにその際、吉川英治は隊員たちを、

「銃を持たずに鍬を持て!」

と言う言葉で説得したとか。

この言葉は、英明さんが吉川英治夫人文子さんから、
「又聞きした」とのことで、真実かどうかは不明らしいが、
本当ならば「まだ世に知られていない吉川英治の名言」かも!
そんな「本では読めない」貴重なお話なども、たくさん聞かせてもらった。

ちなみにこれは、少年の頃のご長男の英明さんが、
父・吉川英治を怒らせて縛り付けられた「柱」!

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英明さんは、何度も「恐い父だった」と繰り返していた。
こういう写真を見ると、とても優しそうに見えるけど。

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昔の「日本の父」というものは恐いものだったんだよなあ、と思った。

とにかく充実のイベントだった。
でも、ここに書いたのは、ほんのその一部。

是非、このサイトに辿り着いた皆様は、
青梅の「吉川英治記念館」を訪れてみて欲しい。
(*年間の開館日は3、4、5、9、10、11の6ヶ月間なのでご注意ください。)
http://corp.kodansha.co.jp/yoshikawa/

もちろん僕もまた行ってみようと思っている!

posted by manabiyah at 22:27| コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする