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2016年03月08日

一の谷平家物語を巡る旅(その5〜須磨浦公園)

山陽電鉄に乗って、

今度は「須磨浦公園駅」へ。
この須磨寺から須磨浦公園辺りが、
一の谷合戦の搦め手の戦場となっていたとされる。

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目の前には須磨の浦。

駅から徒歩3分くらいのところに敦盛塚がある。
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この隣にある「敦盛そば」は結構有名で、
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僕も是非とも食べてみたいと思っていたのだが…。

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なんと休業とのこと。うむ残念。

こちらが敦盛塚。
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敦盛を供養しようと室町末期から桃山時代に作られたとのこと。
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さて、そろそろ昼食にしたいのだが、
敦盛そばが休業中だったので他の店を探して、
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とりあえず海に沿って走る道路をしばらく歩いてみる。
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で、結局、敦盛塚のすぐ近くにあったガストで食べることにした。
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前夜も夜行バスに乗る前に池袋のガストで食べているのだが、まあいいや。
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牛チゲうどんのサラダ付きセット。
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お安く済ませることができたのでよしとしよう。


さて、改めて古戦場巡り。
例の「鵯越えの坂落とし」問題だ。
平家物語長門本には、義経軍が坂落としをする直前に、
こんな記載がある。

>九郎義経一の谷の上、鉢伏と蟻のとと云ふ所へ打上りて見れば、軍は真盛りと見えたり、下を見おろせば、或は十町ばかりの谷もあり、或は廿町ばかりの岩もあり、人も馬も通ふべき様もなし。

これと近い記述が平家物語の諸本に見られることから、
義経がいわゆる坂落としをした場所として有力視されているのが、
この須磨浦公園駅の背後にある鉢伏山なのだ。

そして、この鉢伏山にはロープウェイで
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のぼることができる。

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ロープウェイからの光景。
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下を見下ろす。
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義経陣営の武者達はこんな景色を馬上から見たのだろうか。
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地形がよくわかる。

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前に海、背後に山となっていて、
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確かに平家が陣を構えるには相応しい場所だ。

ロープウェイよりさらに上には、
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カーレーターというリフトのようなものでのぼることができる。
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須磨浦展望閣という建物。
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回転展望台では床がゆっくり回って周囲を眺めながら食事をしたりできる。
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建物全体が昭和な雰囲気を残していてなんだか懐かしい。
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1Fにはジュークボックスがあった。
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収録曲は僕の小中学生だった頃のもののようだ。
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色あせたレコードジャケットが並ぶ。

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外には清盛と二位の尼の顔はめが。


そうここが鉢伏山。
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周辺を歩き回ってみる。

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義経軍の一員の気分を味わう。

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さて、本当にここから坂落としが行われたのか?
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歴史の謎は謎のまま。
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少なくとも義経の下で働くのは僕はやっぱりいやだな。

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ここでも梅が美しく咲いていた。

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ロープウェイで下山。
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須磨浦公園駅を挟んで敦盛塚と反対側の位置には「戦いの濱」の碑もある。
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で、この写真を取ったところで、

とうとう予備のiPhone4Sも充電切れ。

しまった!ここに来てカメラ無しか!
とりあえず、幸いに須磨浦公園付近については、
見るべきものは見た(by 知盛)。

ちょうど時間は16時頃。
今からならまだ「三国志ガーデン」に行けそうだ!
というわけで、再び電車で新長田に戻ることにした。
posted by manabiyah at 09:18| 平家物語を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする