「平家物語」各場面の原文朗読・現代語訳・解説の音声ファイルを公開しています。
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2010年09月02日

10分でわかる「平家物語」巻一「祇園精舎」(「祇園精舎の鐘の声」で始まる冒頭部分)


↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
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祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響あり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰のことはりをあらはす。おごれる人も久しからず。唯、春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。


遠く異朝をとぶらへば、秦の趙高、漢の王莽、梁の周伊、唐の禄山、是等は皆、旧主先皇の政にもしたがはず、楽みをきはめ、諫めをも思ひ入れず、天下のみだれむ事をさとらずして、民間の愁ふる所をしらざしかば、久しからずして、亡じにし者ども也。近く本朝をうかがふに、承平の将門、天慶の純友、康和の義親、平治の信頼、此等はおごれる心もたけき事も、皆とりどりにこそありしかども、まぢかくは六波羅の入道前太政大臣平朝臣清盛公と申し人のありさま、伝へうけたまはるこそ、心も詞も及ばれね。


其先祖を尋ぬれば、桓武天皇第五の皇子、一品式部卿葛原親王、九代の後胤、讃岐守正盛が孫、刑部卿忠盛朝臣の嫡男なり。彼の親王の御子、高視の王、無官無位にしてうせ給ひぬ。其御子高望の王の時、始て平の姓を給って、上総介になり給しより、忽に王氏を出て人臣につらなる。其子鎮守府将軍義茂、後には国香とあらたむ。国香より正盛にいたる迄、六代は、諸国の受領たりしかども、殿上の仙藉をばいまだゆるされず。


平家物語連続講義のこれまでの内容を物語の展開順にまとめました。
「平家物語連続講義放送リスト」


こちらから↓平家琵琶(平曲)の「祇園精舎」の語りを聴くことができます。
君は「平家琵琶」を聴いたことがあるか?(その2)


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【アイテム紹介】「平家物語」を覚一本の原典そのままに、各界の第一人者による朗読・演技・演奏で見て聴かせようという、前代未聞のDVDシリーズがDVD 原典 平家物語です。

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祇園精舎──中村吉右衛門
殿上闇討──野村萬斎
禿髪──島本須美
吾身栄花──上原まり
祇王──平野啓子
殿下乗合──平井真軌
鹿谷──片岡秀太郎
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〈現代語訳〉


祇園精舎の鐘の音には、諸行無常(=万物は移り変わり常なるものは無い)の響きがある。娑羅双樹の花の色は、盛者必衰(=盛んな者も必ず衰える)の道理を表している。奢り高ぶるものも永久にはいられない、ただ春の夜の夢のようにはかない。猛々しいものも最後にはほろんでしまう。まったく風の前の塵と同じである。


遠く外国の例を尋ねてみると、秦の趙高、漢の王莽、梁の周伊、唐の禄山、これらの者たちは皆、もともと仕えていた主君や、先代の皇帝の成した善政にも従わず、楽しみを極めて、人の忠告も受け入れず、天下が乱れることを分らず、民が嘆くところを知らなかったので、すぐに滅びてしまった者たちである。近いところで我が国に例を求めてみると、承平の将門、天慶の純友、康和の義親、平治の信頼、これらは奢った心も、猛々しい事も、それぞれであったけれど、最近では六波羅の入道、前の太政大臣、平清盛と申した人の有り様を、伝えて伺ったことこそは、想像もできず、言葉では表現できないくらいである。


その清盛の先祖を尋ねてみると、桓武天皇第五の皇子である葛原親王の九代目の子孫である平正盛の孫であり、また平忠盛の長男である。葛原親王の子である高視の王は無官無位で亡くなった。高視の王の子である、高望の王の時、はじめて「平」という名字を朝廷から頂いて、上総の国の次官になりなさった時から、すぐに皇族の身分から脱して臣下の列に連なった。高望の王の子である義茂は後に名を国香と改めた。国香から正盛にいたるまでの六代は、諸国を治める受領(ずりょう)であったが、殿上人となって昇殿することは許されなかった。

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2010年09月03日

10分でわかる「平家物語」巻一「殿上闇討」(忠盛が殿上人となり、周囲からのねたみによる闇討ちを逃れる場面)


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忠盛是を伝へ聞いて、「われ右筆の身にあらず、武勇の家に生れて、今不慮の恥にあはむ事、家の為、身の為、こころうかるべし。せむずるところ、身を全して君に仕ふといふ本文あり」とて、兼て用意をいたす。


参内のはじめより、大なる鞘巻を用意して、束帯のしたにしどけなげにさし、火のほのぐらき方にむかて、やはら此の刀をぬき出し、鬢にひきあてられけるが、氷などの様にぞみえける。諸人目をすましけり。


其上忠盛の郎等、もとは一門たりし、木工助平貞光が孫、しんの三郎大夫家房が子、左兵衛尉家貞といふ者ありけり。薄青のかりぎぬのしたに萠黄威の腹巻をき、弦袋つけたる太刀脇ばさむで、殿上の小庭に畏てぞ候ける。


貫首以下あやしみをなし、「うつほ柱よりうち、鈴の綱のへんに、布衣の者の候ふはなにものぞ。狼籍なり。罷り出よ」と六位をもていはせければ、家貞申けるは、「相伝の主、備前守殿、今夜闇打にせられ給ふべき由承り候ふあひだ、其のならむ様を見むとて、かくて候ふ。えこそ罷り出づまじけれ」とて、畏て候ければ、是等をよしなしとやおもはれけん、其夜の闇うちなかりけり。


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【アイテム紹介】「平家物語」の入門書としては最強のわかりやすさだと思います。それもそのはず、著者の千明守氏は、代々木ゼミナール講師の椎名守。予備校講師としても一流の著者による解説です。文体は架空の生徒と先生のやりとりの形式になっていて、大変に読みやすい本です。イラストなども豊富に使われていて、読んでいて眠くなりません。「平家物語」の参考書を買うならば、1冊目に選ぶべき本はこの「平家物語が面白いほどわかる本」です!

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平家物語が面白いほどわかる本



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〈現代語訳〉


忠盛はこの闇討ちの噂を聞いて、「私は文筆で身を立てているものではなく、武士の家に生まれて、今、不本意な恥をかかせられる事は、家のためにも、我が身のためにも、情けないであろう。“するところはただ、我が身を万全にして君に仕えることだ” という金言もある」と言って前もって準備をする。


宮中に参内する最初から、大きめの短刀を準備して、束帯の下にだらしない感じに挿し、火のやや暗い方に向かって、そっとその短刀を抜き出して、頭の側面の髪に当てなさったのが、まるで氷のように見えた。人々は目を見張った。


その上、忠盛の家来で、もとは平家一門だった木工助平貞光の孫で、しんの三郎大夫家房の子である、左兵衛尉家貞といふ者がいた。家貞は薄い青色の狩衣の下に、もえぎおどしの腹巻を着て、弦袋をつけた太刀を脇にはさんで、殿上の小庭にかしこまってひかえていた。


蔵人頭以下の人々は怪しんで「雨樋のうつほ柱の内側、鈴の綱近くに、布衣を来た身分の低い者がありますのは、何ものだ。無礼だ。出て行け」と六位の蔵人を介して言わせたところ、家貞が申したことには「代々御仕えしている主人である備前のかみである忠盛様が、今夜闇討ちにされなさるという旨を承ったのでその有様を見ようと思ってこのように控えております。出て行くことはできません」とかしこまって控えているので、これではどうしようも無いとお思いになったのだろうか、その夜の闇討ちは無かった。

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2010年09月16日

10分でわかる「平家物語」巻一「鱸」(熊野詣での過程で起こった出来事が、平清盛の出世を暗示させるものであった)


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平家かやうに繁昌せられけるも、熊野権現の御利生とぞきこえし。


其故は、いにしへ、清盛公いまだ安芸守たりし時、伊勢の海より船にて熊野へまいられけるに、おほきなる鱸の船におどり入りたりけるを、先達申けるは、「是は権現の御利生なり。いそぎまいるべし」と申ければ、清盛のたまひけるは、「昔、周の武王の船にこそ白魚は、躍り入りたりけるなれ。是れ吉事なり」とて、さばかり十戒をたもち、精進潔斎の道なれども、調味して、家子、侍共にくはせられけり。


其故にや、吉事のみうちつづいて、太政大臣まできはめ給へり。子孫の官途も竜の雲に昇るよりは、なほすみやか也。九代の先蹤を、こえ給ふこそ目出たけれ。


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【アイテム紹介】今回の鱸の事例のように、「平家物語」中に予兆や前兆となる現象がたくさん描かれていることに着目し、石母田正氏は「平家の増補に僧侶や神官が多く参加しているため」という見地を述べています。「平家物語 (岩波新書青版)」は平家物語成立の過程に対しての考察など、「平家物語」を読み解くためのエッセンスが凝縮された歴史的名著です。是非一読を。



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平家物語 (岩波新書)


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〈現代語訳〉


平家がこのように繁栄しなさったのも、熊野権現のご利益だとうわさになった。


その理由は、かつて清盛公がまだ、安芸の守であった時、伊勢の海から船で熊野にお参りなさったところ大きな鱸が舟の中に踊るようにして入って来たので、先導をしていた修験者が申し上げたことには、「これは熊野権現のご利益である。すぐに、召し上がるがよい。」と申したところ、清盛がおっしゃったことには「昔、中国、周の国の武王の船に白魚が踊るように入ったそうだ、これは縁起のよいことだ。」と言って、それほど十戒を守って、精進潔斎をしていた旅路ではあったが、その白魚(鱸)を調理して、一族の武士や他の侍たちに食べさせなさった。


そのせいであろうか、良い事だかりが続いて起こって、清盛は太政大臣にまで位を極めなさった。子孫達の官職も龍が雲にのぼるよりもそれ以上に早かった。清盛公がこれまで九代の祖先の位を越えなさったのはすばらしい。



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2010年09月23日

10分でわかる「平家物語」巻一「禿髪」(平時忠の「この一門にあらざらんものは皆人非人なるべし」という言葉)


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かくて清盛公、仁安三年十一月十一日、年五十一にて病ひにをかされ、存命の為に忽ちに出家入道す。法名は浄海とこそなのられけれ。其しるしにや、宿病たちどころにいえて、天命を全うす。人のしたがひつく事、吹風の草木をなびかすがごとし。世のあまねく仰げる事、ふる雨の国土をうるほすに同じ。


六波羅殿の御一家の君達といひてンしかば、花族も栄耀も面をむかへ肩をならぶる人なし。されば入道相国のこじうと、平大納言時忠卿ののたまひけるは、「此一門にあらざらむ人は皆人非人なるべし」とぞのたまひける。


かかりしかば、いかなる人も相構へて其ゆかりにむすぼほれむとぞしける。衣文のかきやう、鳥帽子のためやうよりはじめて、何事も六波羅様といひてンげれば、一天四海の人皆是をまなぶ。


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【アイテム紹介】当サイトは「オーディオ」ファイルによる「平家物語」の解説を行っていますが、是非とも併用して頂きたい本がこちらの「平家物語図典」です。当時の武具、衣食住の図や、物語の舞台となった名所旧跡の写真などなど「ビジュアル的」に平家物語を理解するには、最強の本です。じっくり読み込んでも良し。ただ眺めているだけでもとても楽しい本です!
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平家物語図典


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〈現代語訳〉


(清盛は)こうして仁安3年11月11日に、51歳の年齢で病に侵されて、命をつなぎとめるためにすぐに出家し、仏の道にお入りになった。法名は浄海と名乗りなさった。その効果であろうか、長く患っていた病もすぐに癒えて、天寿を全うした。人が平家になびく様子は、吹く風が草木をなびかせるようなものだった。世の人々が平家を仰ぎ敬う様子は、降る雨が余すところなく、国土をうるおすのと同じであった。


六波羅にお住まいのご一家のご子息といえば、花族(かぞく)も栄耀(えいよう)も正面から向かい合ったり、肩を並べることのできるものはいなかった。そうであったので、入道相国の小舅にあたる平時忠がおっしゃったことには、「平家一門ではない者は、皆、人非人(=人のように見えても人ではない何か)であるだろう」とおっしゃった。


このようであったので、どのような人もどうにかして平家との縁を結ぼうとした。装束の折り目の付けよう、烏帽子の折り方を始めてとして、何事も六波羅式といったので、天下の人々は皆これをまねた。

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2010年09月30日

10分でわかる「平家物語」巻一「禿髪その2」(童を使って、恐怖政治を行い、さらに一門の栄華を極めていく平家)


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又いかなる賢王賢主の御政も、摂政関白の御成敗も、世にあまされたるいたづら者などの、人のきかぬ所にて、なにとなうそしり傾け申す事はつねの習なれども、此禅門世ざかりのほどは、聊いるかせにも申す者なし。


其故は、入道相国のはかりことに、十四五六の童部を三百人そろへて、髪をかぶろにきりまはし、あかき直垂をきせて、めしつかはれけるが、京中にみちみちて往反しけり。自づから平家の事あしざまに申す者あれば、一人きき出さぬほどこそありけれ、余党に触廻して、其家に乱入し、資財雑具を追捕し、其奴を搦めとて、六波羅へゐてまいる。


されば目に見、心にしるといへど、詞にあらはれて申す者なし。六波羅殿の禿といひてしかば、道をすぐる馬車もよぎてぞ通りける。禁門を出入すといへども姓名を尋らるるに及ばず京師の長吏これが為に目を側むとみえたり。


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【アイテム紹介】「平家物語」の舞台となった土地を旅してみるのも、なかなか良いものです。京都はもちろん、厳島神社、屋島、壇の浦等々。物語の登場人物達が生きていたその場所を自分の目で確かめること。これには大きな感動があります。そんな平家物語ゆかりの土地を訪れるガイドとして役立つ本を紹介します。
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平家物語 (物語の舞台を歩く)

「平家物語」の舞台を歩く―真説・平清盛

ちなみに僕もいろいろな平家物語関連の名所を旅していますが、ホテルの予約などでは「じゃらんnet」を使って検索しています。当日予約や限定プラン、航空券や、新幹線と宿泊のセットのプランなどもあります。リッチな温泉旅館から便利なビジネスホテルまで 目的に合わせて検索できて便利ですよ。観光情報や口コミも載っています。繰り返し使っているとポイントも溜まってお得です!→「じゃらんnet

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〈現代語訳〉


また、どのような立派な王の政治においても、摂政関白の政務の判断処置に対しても、世の中とは馴染まない素行の悪い連中が、人の聞いていないところで、なんとなく権力者を批判し、世の中を傾け申し上げようとするのは、世の常であるけれども、この平家一門の全盛の間は、少しも、なおざりにも申すものはいない。


その理由は、平清盛のはかりごととして、14、5歳の少年を300人揃えて、髪をおかっぱに切り揃えて、赤い直垂を着せて、召使いなさったが、都中に満ちて、往来しなさった。たまたま、平家のことを悪く申す者がいると、ひとりも聞き出さないうちはいいが、(逆に言うと、ひとりでもその童が聞き出したなら、)ほかの童たちに広く伝えて、みなでその家に乱入し、家財道具を奪って、その者を捕まえて、六波羅へ連れて参った。


だから、平家の横暴ぶりを目で見て、その心で感じていても、口に出して申すものはいない。六波羅のかぶろと言えば、道を過ぎる馬車もよけて通り過ぎた。皇居の門を通って出入りをするといっても、その姓名を尋ねられることはない。都の役人は、これ(=かぶろ)のために目を背けていると見えた。

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2010年10月07日

10分でわかる「平家物語」巻一「祇王」(仏御前を慰めよと命じられた祇王が、今様を歌う場面)


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独り参らむは余りに物うしとて、いもうとの祇女をもあひぐしけり。其外白拍子二人、そうじて四人、ひとつ車にとりのつて、西八条へぞ参りたる。さきざきめされける所へは、いれられず、遥にさがりたる所に座敷しつらふてをかれたり。


祇王「こはさればなに事さぶらふぞや。わが身にあやまつ事はなけれ共、捨てられたてまつるだにあるに、座敷をさへさげらるることの心うさよ。いかにせむ」と思ふに、知らせじとおさふる袖のひまよりも、あまりて涙ぞこぼれける。仏御前是をみて、あまりにあはれにおもひければ、「あれはいかに、日ごろめされぬところでもさぶらはばこそ、是へめされさぶらへかし。さらずはわらはにいとまをたべ。出て見参せん」と申ければ、入道「すべて其儀あるまじ」とのたまふ間、力及ばで出ざりけり。


其後入道、祇王が心のうちをばしり給はず、「いかに、其後何事かある。さては仏御前があまりにつれづれげに見ゆるに、今様ひとつうたへかし」と、のたまへば、祇王、まいる程では、ともかうも入道殿の仰せをば背くまじと思ひければ、落つるなみだをおさへて、今様ひとつぞうたうたる。


仏もむかしは凡夫なり 我等も終には仏なり いづれも仏性具せる身を、へだつるのみこそかなしけれ




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【アイテム紹介】「平家物語」には数多くの異本(バージョン違い)がありますが、新潮社からは「百二十句本」が出版されています。例えば、この「祇王」の場面でも、祇王(百二十句本では義王)が歌う今様「仏もむかしは〜」の前に百二十句本では「月もかたぶき夜もふけて 心のおくをたづぬれば」というフレーズが置かれています。同じ場面を異本で読み比べるというのも、「平家物語」の楽しみ方の一つです。

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平家物語(百二十句本) 上

平家物語(百二十句本) 中

平家物語(百二十句本) 下

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〈現代語訳〉


一人で参るのは、余りに心苦しいということで、祇王は妹の祇女をともに連れていった。そのほかの白拍子も二人、合わせて四人がひとつの車に乗って、西八条へ参った。以前に召されていた場所へは、入れてもらえず、はるかに下がったところに、座敷をしつらえて座らせられた。


祇王は「これは何事でございますでしょうか。私自身に過失がないのに、捨てられ申し上げたことでさえひどいことであるのに、座敷をまでも下げられることの情けないことよ。どうしよう。」と、知られまいと抑える袖の隙間から、あふれる涙がこぼれた。仏御前はこのような祇王の様子をみて、あまりにも不憫に思われたので「これはいったいどうしたことですか。もし仮に、日頃はおよびにならないところでもございますなら、ともかく、この場所はこれまで祇王さまをおよびになっていた場所ですよ。こちらの方に呼んでくださいよ。そうでないならば、私に暇を出してください。私がここを出て祇王さまに会いに伺いましょう。」清盛が、「全くその必要はない」とおっしゃったので、仏御前は力およばず出ていくこともできなかった。


その後、清盛は、祇王の心中を察しなさることもなく、「どうした祇王、あれから何事かあったか? それでは、仏御前が、あまにに所在無さそうにしているので、祇王よ、お前が今様をひとつ歌って仏御前を慰めよ。」祇王は参る時には「ともかく清盛の命令には背くまい」と思っていたので、落ちる涙をこらえて、今様をひとつ歌った。


「仏も昔は平凡な人間であった
 そして我々も最後には仏となる身である
 どちらも仏となるための仏性を持っている身であるが
 隔てられているばかりであるのが悲しいことだ」

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2010年10月14日

10分でわかる「平家物語」巻一「祇王その2」(権力者、平清盛に翻弄された白拍子であった女性たち)


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かくて春すぎ夏闌けぬ。秋の初風吹きぬれば、星合の空をながめつつ、あまのとわたるかぢの葉に、おもふ事書く頃なれや。夕日のかげの西の山の端に、隠るるを見ても、「日の入り給ふ所は西方浄土にてあんなり、いつかわれらもかしこに生れて、物をおもはですぐさむずらん」と、かかるにつけても過ぎにしかたのうき事ども、おもひつづけて、唯つきせぬ物は涙なり。


たそかれ時も過ぎぬれば、竹のあみ戸をとぢふさぎ、灯かすかにかきたてて、親子三人念仏してゐたる処に、竹のあみ戸を、ほとほととうちたたくもの出来たり。


其時、尼ども肝を消し、「あはれ、是はいふかひなき我等が、念仏して居たるを妨げんとて、魔縁の来たるにてぞあるらむ。昼だにも人もとひこぬ山里の、柴の庵の内なれば、夜ふけて誰かは尋ぬべき。わづかの竹のあみ戸なれば、あけずともおしやぶらん事やすかるべし。中々ただあけていれんとおもふなり。それに情をかけずして、命をうしなふものならば、年比頼みたてまつる弥陀の本願をつよく信じて、ひまなく名号をとなへ奉るべし。声を尋ねてむかへ給ふなる聖主の来迎にてましませば、などかいんぜうなかるべき。相かまへて念仏おこたり給ふな」と、たがひに心をいましめて、竹のあみ戸をあけたれば、魔縁にてはなかりけり。


仏御前ぞ出来たる。


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【アイテム紹介】これは名作!原作は吉川英治「新平家物語」。1993年12月から1995年1月にわたってNHK総合にて放送された人形劇。「人形歴史スペクタクル 平家物語」です。子どもの頃観ていたという人も、まだ観た事がないという人も、これは絶対に「繰り返し」観ておくべき作品。川本喜八郎の人形世界が実に素晴らしい。人形の造形、動きのひとつひとつが、美しく、表情豊かで、感動してしまいます。クオリティ高いです。大人の鑑賞に耐えうる作品、いや、むしろ大人こそが観るべき。「大人買い」推奨です!

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〈現代語訳〉


こうして春が過ぎて、夏も盛りを過ぎた。秋の始めの風が吹いたので、牽牛と織姫が出会うという七夕の空を眺めながら、天の川を渡る舟の「舵(かじ)」ではないが、「梶(かじ)」の葉に願い事を書くころだろうか。夕陽の光が西の山の稜線に隠れるのを見ても、「日が入りなさるところは西方極楽浄土であるそうだ。いつか我々も浄土に輪廻転生して生まれ、何も思い悩むことなく過ごすことができるだろうか。」このようなことにつけても、過去のつらかったことを、思い続けて、ただ尽きない物は涙である。


夕暮れ時も過ぎたので、竹で編んだあみ戸を閉じて、塞いで、灯をわずかに灯して、親子三人で念仏をしているところに、竹のあみ戸を、ほとほとと叩く者が来た。


その時祇王らは肝をつぶして「ああ、これは未熟な我々が念仏をしているのを妨げようとして魔物が来ているのであるでしょう。昼でさえも人が訪れない山里の柴の庵の中であるので、まして夜が更けてから、誰が訪れてくるというのでしょうか。貧弱な竹のあみ戸であるので、わざわざ開けなくてもおし破る事はたやすいでしょう。いっそのこと開けて入れようと思うのです。もしそれで無情にも、私たちが命を失うようなことになるのであるなら、長年、頼りにし申し上げている阿弥陀様の本願を強く信じて、絶え間なく“南無阿弥陀仏”と阿弥陀様の名を唱え続けましょう。私たちの声を尋ねてお迎えに来てくださるという尊い仏様のご来迎ですから、どうしてお導きがないでしょう、いや必ず極楽浄土に導いてくださるはずです。決して念仏を怠りなさるな。」と、互いに心を戒めて、竹のあみ戸を開けてみたところ、そこにいたのは魔物ではなかった。


仏御前が姿を現した。

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2010年10月21日

10分でわかる「平家物語」巻一「二代后」(近衛院の皇后であった女性を、自分の后として改めて入内させた二条天皇)


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大宮かくときこしめされけるより、御涙にしづませおはします。先帝に後れまいらせにし久寿の秋のはじめ、おなじ野原の露とも消え、家をも出で世をものがれたりせば、今かかるうき耳をばきかざらましとぞ、御歎ありける。


父のおとどこしらへ申させ給ひけるは、「『世にしたがはざるをもて狂人とす』と見えたり。既に詔命を下さる。子細を申すにところなし。ただすみやかにまいらせ給ふべきなり。もし皇子御誕生ありて、君も国母といはれ、愚老も外祖とあふがるべき瑞相にてもや候ふらむ。是れ偏に愚老をたすけさせおはします御孝行の御いたりなるべし」と申させ給へども、御返事もなかりけり。


大宮其比なにとなき御手習の次に、


  うきふしにしづみもやらでかは竹の世にためしなき名をやながさん


世にはいかにしてもれけるやらむ、あはれにやさしきためしにぞ、人々申しあへりける。


平家物語連続講義のこれまでの内容を物語の展開順にまとめました。
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【アイテム紹介】「平家物語」の面白いところは「物語化」されているとはいえ、そのベースになっているのが「歴史的事実」であるということ。平清盛も木曾義仲も源義経も、実在の人物でした。「歴史(history)」と「物語(story)」は語源をともにしていると言われます。「平家物語」を入口に「歴史」の世界を学ぶのも面白いかもしれません。こういった学習マンガは何かと使えます。(お子様へのプレゼントにも良いかもしれません。)
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〈現代語訳〉


大宮はこのようになったとお聞きになって以来、涙にくれて沈んでいらしゃる。「近衛帝に先立たれ申し上げた久寿の秋の始めに、帝と同じように野原の露のように、この世から消え、もし出家をして、俗世から逃れていたらなら、今になってこのように、つらいことを聞かなかっただろうに。」とお嘆きになった。


父大臣が諌め申し上げなさったことには「『世にしたがわないものをもって狂人とする』と言われている。すでに天皇はご命令を下さったのだ。あれこれと申し上げる余地は無い。ただ速やかに帝のもとに参りなさるべきである。もしかして、これは、皇子の誕生があって、あなたが国の母と呼ばれ、私も外祖父と人から仰がれることへの吉兆が現れているのでしょうか。これはただただ、老いた父をあなたがお助けになるという親孝行の極みであるでしょう。」と申し上げなさったが、大宮のお返事はなかった。


大宮はその頃、なんということもなく手習いの際に


「近衛帝の死をつらく思い 臥せって沈んだ気持ちでい続けることも許されないで
私は二代の帝に入内して 例のない浮き名を流すのだろうか」


この歌は、どのようにして漏れたのだろうか。しみじみと健気なものであるとして、人々は申しあった。

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2010年10月28日

10分でわかる「平家物語」巻一「清水寺炎上」(後白河院と清盛の関係が微妙なものになっていくのを予感させる場面)


↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
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衆徒かへりのぼりにければ、一院六波羅より還御なる。重盛卿ばかりぞ御ともにはまいられける。父の卿はまいられず。猶、用心のためかとぞ聞こえし。


重盛の卿御送りよりかへられたりければ、父の大納言のたまひけるは、「さても一院の御幸こそ大に恐れおぼゆれ。かねても思しめしより仰らるる旨のあればこそ、かうは聞こゆらめ。それにもうちとけたまうまじ」とのたまへば、重盛卿申されける、「此事ゆめゆめ御けしきにも、御ことばにも出させ給ふべからず。人に心つけがほに、中々あしき御事也。それにつけても、叡慮に背き給はで、人の為に御情をほどこさせましまさば、神明三宝加護あるべし。さらむにとては、御身の恐れさうらふまじ」とてたたれければ、「重盛卿はゆゆしく大様なるものかな」とぞ、父の卿ものたまひける。


一院還御の後、御前にうとからぬ近習者達あまたさうらはれけるに、「さても不思議の事を申し出したるものかな。露もおぼしめしよらぬものを」と仰せければ、院中のきりものに西光法師といふものあり。おりふし御前近うそうらいけるが、「『天に口なし、人をもていはせよ』と申す。平家以っての外に過分に候ふあひだ、天の御ぱからひにや」とぞ申ける。人々「此事よしなし。壁に耳あり。おそろしおそろし」とぞ、申しあはれける。


平家物語連続講義のこれまでの内容を物語の展開順にまとめました。
「平家物語連続講義放送リスト」
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【アイテム紹介】「平家物語」で繰り返し生じる清盛と後白河法皇の対立。「重盛は法皇と清盛の対立を超越した運命の予言者である」という解釈をされているのが、石母田正氏。「岩波新書青版・平家物語」 は平家物語成立の過程に対しての考察など、「平家物語」を読み解くためのエッセンスが凝縮された歴史的名著です。


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平家物語 (岩波新書)


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〈現代語訳〉


比叡山延暦寺の僧侶たちがは山へと帰っていったので、後白河院は六波羅の清盛もとから御所へとお帰りになった。重盛卿だけがそのお供に参上した。父である清盛は参上されなかった。


依然として用心しているためかと噂になった。平重盛が院のお送りから帰りなさったので、父である清盛大納言がおっしゃったことには、「それにしても後白河院が六波羅へとお出でになったのは大いに恐れ多いことだが。以前から院御自身が平家討伐を企てていたから、またその旨おっしゃられていたから、このような噂が立っているのだろう。そなたも油断してはいけない。」とおっしゃると、重盛卿が申されたことには「このことは決して決してご様子にもお言葉に出しなさってはいけない。人の気を引くことになって、かえって悪いことです。こういった状況であっても、院のお考えに背きなさらずに、また、人にたいして情けを施しなさるならば、神や仏のお守りがあるはずでしょう。そうなったら、父上の身に恐れることはございませんでしょう。」といって、座を立たれたので、「重盛は大変に心の広く落ち着いた器の大きい者だなあ」と父清盛もおっしゃった。


後白河院は御所にお帰りになった後、御前に気心の知れた、いつも近くに仕えている者たちがたくさんお控え申しあげている場で、「それにしても世の中の者は不思議なうわさを言い出したものだ。まったく思いついてもいなかったのに。」とおっしゃった。院の周りをとりしきっている者で西光法師という者がいる。ちょうどその時、院の前に控え申しあげていたのだが、「『天には口は無いが、人の口を使ってものを言わせる』と申します。平家があってはならないくらいに身に余る地位におりますので、天が慮ったのであろう。」と申した。人々は「こんなことを言ってはよくありません。『壁に耳あり』と言います、恐ろしい恐ろしい。」と人々は申し上げあった。

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2010年11月03日

10分でわかる「平家物語」巻一「殿下乗合」(孫の受けた恥辱を晴らそうとする平清盛)


↑「平家物語」原文の朗読・現代語訳・解説の音声ファイルです。
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資盛朝臣、大炊御門猪熊にて、殿下の御出に、はなづきにまいりあふ。御ともの人々「なに者ぞ、狼籍なり。御出のなるに、乗物よりおり候へおり候へ」といらでけれでも、余にほこりいさみ、世を世ともせざりけるうへ、めし具したる侍ども、皆廿より内のわか者どもなり。礼儀骨法弁へたる者一人もなし。


殿下の御出ともいはず、一切下馬の礼儀にも及ばず、かけやぶッてとをらむとするあひだ、くらさは闇し、つやつや入道の孫ともしらず、又少々は知つたれども、そらしらずして、資盛朝臣をはじめとして、侍ども皆馬よりとて引おとし、頗る恥辱に及びけり。


資盛朝臣、はうはう六波羅へおはして、おほぢの相国禅門に此由うッたへ申されければ、入道大きにいかッて、「たとひ殿下なりとも、浄海があたりをばはばかり給ふべきに、おさなきものに左右なく恥辱をあたへられけるこそ遺恨の次第なれ。かかる事よりして、人にはあざむかるるぞ。此事おもひしらせたてまつらでは、えこそあるまじけれ。殿下を恨み奉らばや」とのたまへば、


重盛卿申されけるは、「是は少もくるしう候ふまじ。頼政・光基など申源氏共にあざむかれて候はんには、誠に一門の恥辱でも候ふべし。重盛が子どもとて候はんずる者の、殿の御出にまいりあひて、のりものよりおり候はぬこそ尾籠に候へ」とて、其時事にあふたる侍どもめしよせ、「自今以後も、汝等能く能く心うべし。あやまッて殿下へ無礼の由を申さばやとこそおもへ」とて帰られけり。


平家物語連続講義のこれまでの内容を物語の展開順にまとめました。
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【アイテム紹介】2012年の大河ドラマ「 平清盛」。「平家物語」や、吉川英治「新平家物語」などで既に作られている既存の清盛像に留まらず、新たな清盛像を描き出そうと、果敢に挑んだ意欲作。俳優陣の新鮮な演技、斬新な音楽、新たな物語解釈。特に後半の脚本の切れ味は素晴らしい。忠盛の男っぷり、西行出家の際の美しい桜の描写、父を諌める重盛、時忠の例のセリフや、仏御前の登場場面等々、名シーン・名演がたくさん。最終回、壇の浦からの、まさかのあのラストシーンもなかなか良かったと思います。

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〈現代語訳〉


平資盛朝臣(たいらのすけもりあそん)は、大炊御門(おほひのみかど)猪熊で、摂政藤原元房の行列と出会い頭に参りあった。摂政の御供の人々は、「何者だ、無礼だ。摂政藤原元房さまのお出ましであるのだ、乗物から降りてください、降りてください。」とせかしたが、あまりにも一族の権勢を誇り、いさんで、世を世とも思わなかった上、引き連れていた侍たちは、みな二十歳以下の若者である。礼儀作法を弁えている者はひとりもいない。


摂政藤原元房さまのお出ましとも気にせず、一切、馬から降りるというような礼儀を行なわず、馬で辺りをかけ破って無理に通ろうとするので、(摂政の御供の人々は)暗さのせいで清盛入道の孫とは気づかず、また多少は気づいたものでも、あえて知らないふりをして、資盛朝臣をはじめとして、侍たちを皆、馬から引き摺落として、ひどい恥ずかしめにあわせた。


資盛朝臣はやっとのことで、六波羅にいらっしゃって、祖父である清盛入道に、この旨を訴え申し上げたので、入道は大いに怒って、「たとえ、摂政さまといえども、私、清盛の身内には遠慮なさるのが当然であるのに、幼い資盛に躊躇することもなく、恥辱を与えなさったことは恨みをのこす事態である。こういうことから、人にあざむかれるものだ。このことを摂政さまに、思い知らせ申し上げないではいられないだろう。元房殿下をお恨み申し上げたい。」とおっしゃると、


重盛が申し上げたことには「頼政・光基などと申す源氏どもにあざむかれますならば、本当に、平家一門の恥辱でございましょう。重盛の子どもでありますものが、摂政さまのお出ましに遭遇して、乗り物から降りませんことは愚かでございます。」と言って、その時事に当たっていた侍たちを呼び寄せて、「今より以後も、お前たちよくよく心得るがよい。過失によって摂政さまに無礼をしたとの旨を申し上げようと思う。」といってお帰りになった。

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