「平家物語」各場面の原文朗読・現代語訳・解説の音声ファイルを公開しています。
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2011年06月23日

10分でわかる「平家物語」巻四「信連その2」(以仁王に仕えた長兵衛尉信連の活躍)


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長兵衛尉信連は、御所の留守にぞ置かれたる。女房達の少々おはしけるを、かしこここへたち忍ばせて、見ぐるしき物あらば、とりしたためむとてみる程に、宮のさしも御秘蔵ありける小枝と聞こえし御笛を、只今しもつねの御所の御枕にとり忘れさせ給ひたりけるぞ、立ちかへッても取らまほしうおぼしめす、信連これを見つけて、「あなあさまし。君のさしも御秘蔵ある御笛を」と申して、五町がうちに追ッついて参らせたり。


宮なのめならず御感あッて、「われ死なば、此笛をば御棺に入れよ」とぞ仰せける。「やがて御ともに候へ」と仰ければ、信連申しけるは、「唯今御所へ官人共が御むかへに参り候ふなるに、御前に人一人も候はざらんが、無下にうたてしう候。信連が此御所に候ふとは、上下みな知られたる事にて候ふに、今夜候はざらんは、それも其夜は逃げたりけりなンどいはれん事、弓矢とる身は、かりにも名こそ惜しう候へ。官人どもしばらくあいしらひ候うて、打破ッて、やがて参り候はん」とて、走りかへる。


平家物語連続講義のこれまでの内容を物語の展開順にまとめました。
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【アイテム紹介】信連の活躍で無事に愛用の笛を取り戻した以仁王ですが、「平家物語」には雅楽の曲が登場する場面がたくさんあります。その雅楽の曲を平安時代の楽譜に基づいて再現し演奏したのがこの「平家物語の雅楽 / 長谷川景光 」です。特に雅楽に詳しくない人でも、これを聴きながら平家の人々が生きた時代の雰囲気を「音で」味わうことができます。
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〈現代語訳〉


長兵衛尉信連(ちょうひょうえのじょうのぶつら)は、御所の留守を守る為に残された。女房たちが少しいらっしゃったのを、あちこちに忍ばせておいて、なにか見苦しいものがあったら処理しようと思ってみているうちに、宮があれほど大事に秘蔵していた小枝とという笛を、まさにこの度に限って、いつもの御所の枕もとに宮がお忘れになった。宮はいったんもどってでも取ってきたいとお思いになる。信連はこの笛を見つけて「ああ驚きあきれることだ。宮はあれほど大事に秘蔵されていた笛を」と申して、以仁王が五町まで逃げる間に追いついて笛をお持ち申し上げた。


以仁王は並々でなくご感動なさって「もし私が死んだら、この笛を棺の中に入れてくれ。」とおっしゃった。「このままお供に控えよ」と信連におっしゃったので、信連が申したことには「ただ今、御所に役人たちが迎えに参りますそうですが、御前に人が一人もおりませんのは、ひどく残念なことでございます。私信連がこの御所に控えていることは、身分の上のものにも下のものにも知られていることでございますのに、今夜私がおりませんでは、『信連は逃げた』などと言われるような事です。弓矢を取る武士の身分は、いやしくも、わが名を惜しむものです。役人たちとしばらく相手をしまして打ち破ってすぐに戻って参りましょう。」といって走り帰った。





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2011年06月30日

10分でわかる「平家物語」巻四「競」(源仲綱が飼っていた「木の下」という名馬について)


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三位入道これをきき、伊豆守よびよせ、「たとひこがねをまろめたる馬なりとも、それほどに人の乞はう物を惜しむべき様やある。すみやかにその馬、六波羅へつかはせ」とこそのたまひけれ。伊豆守力およばで、一首の歌を書きそへて六波羅へつかはす。


  恋しくは来てもみよかし身にそへるかげをばいかがはなちやるべき



宗盛卿歌の返事をばし給はで、「あッぱれ馬や。馬はまことによい馬でありけり。されどもあまりに主が惜しみつるがにくきに、やがて主が名のりを金焼にせよ」とて、仲綱といふ金焼をして、むまやに立てられけり。客人来て、「聞こえ候ふ名馬をみ候はばや」と申ければ、「その仲綱めに鞍置いてひきだせ、仲綱めのれ、仲綱め打て、はれ」などのたまひければ、伊豆守これを伝へきき、「身にかへて思ふ馬なれども、権威について取らるるだにもあるに、馬ゆへ仲綱が天下のわらはれぐさとならんずるこそ安からね」とて、大きに憤られければ、三位入道これをきき、伊豆守にむかッて、「何事のあるべきとおもひあなづッて、平家の人どもが、さやうのしれ事をいふにこそあんなれ。其儀ならば、命生きてもなにかせん。便宜をうかがふてこそあらめ」とて、わたくしには思ひもたたず、宮をすすめ申したりけるとぞ、後には聞こえし。


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〈現代語訳〉


源頼政は宗盛が名馬を欲しがっていることを聞いて、息子である源仲綱を呼び寄せて、「たとえ黄金をまるめて作ったくらい価値ある馬であるとしても、それほどに人が欲しがっているものを惜しむべきだろうか、いや惜しんではならない。すぐにその馬を六波羅へと遣わせよ。」とおっしゃった。伊豆守仲綱は仕方なく、一首の歌を書き添えてその名馬木の下を六波羅へと遣わした。


「馬が恋しいなら あなたがこちらに来てご覧ください 我が身に沿うている 影のような鹿毛の馬を どうして我が身から放すことができましょうか」


宗盛卿、歌の返事をしなさらないで、「ああ素晴らしい馬だ。この馬は本当にいい馬であるよ。けれどもあまりにも持ち主が惜しんでいたのが憎たらしいので。すぐにその持ち主の名前の焼き印を押せ。」といって、「仲綱」という文字の焼き印を馬に押して、その馬を馬屋に立てなさった。客人が来て「噂に聞きます名馬を見たいです。」と申したところ、「その仲綱めに鞍をのせて引っぱり出せ、仲綱めに乗れ、仲綱めを打て、なぐれ。」などとおっしゃったので、仲綱はこれを伝え聞いて「我が身に変えて大事に思っている馬であるが、権威をかさに取られることでさえひどいことなのに、馬のせいで私仲綱が天下の物笑いの種となるようなことは心外である。」と、大いに憤りをなさったので、源頼政入道はこの件を聞いて、伊豆の守仲綱にむかって言った。「われわれを何事もできないだろうと侮って、平家のものどもが、そのような馬鹿げた事を言うのであるだろう。そういうことであれば生きながらえてもどうしようもない。よい機会をうかががって事を起こそう。」と、個人的報復を思い立つのではなく、宮に平家を討つことをすすめ申し上げたと、後の噂になった。

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2011年07月07日

10分でわかる「平家物語」巻四「競」その2(仲綱が宗盛へ馬の恨みを見事に晴らす)


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三井寺には折ふし競が沙汰ありけり。渡辺党「競をば召しぐすべう候ひつる物を。六波羅に残りとどまッて、いかなるうき目にかあひ候ふらん」と申ければ、三位入道心を知ッて、「よもその者、無台にとらへからめられはせじ。入道に心ざしふかい者なり。いまみよ、只今参らうずるぞ」とのたまひもはてねば、競つといできたり。「さればこそ」とぞのたまひける。


競かしこまッて申しけるは、「伊豆守殿の木の下がかはりに、六波羅の煖廷こそとッて参ッて候へ。参らせ候はん」とて、伊豆守に奉る。伊豆守なのめならず悦びて、やがて尾髪をきり、金焼きして、次の夜六波羅へつかはし、夜半ばかり門のうちへぞおひいれたる。馬やに入りて馬どもにくひあひければ、舎人おどろきあひ、「煖廷が参ッて候」と申す。大将いそぎ出でて見給へば、「昔は煖廷、今は平の宗盛入道」といふ金焼きをぞしたりける。大将「やすからぬ競めを、手延びにしてたばかられぬる事こそ遺恨なれ。今度三井寺へ寄せたらんには、いかにもしてまづ競めを生捕りにせよ。のこぎりで頸きらん」とて、躍りあがり躍りあがりいかられけれども、煖廷が尾かみも生ひず、金焼きも又うせざりけり。


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【アイテム紹介】当サイトは「オーディオ」ファイルによる「平家物語」の解説を行っていますが、是非とも併用して頂きたい本がこちらの「平家物語図典」です。当時の武具、衣食住の図や、物語の舞台となった名所旧跡の写真などなど「ビジュアル的」に平家物語を理解するには、最強の本です。じっくり読み込んでも良し。ただ眺めているだけでもとても楽しい本です!
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平家物語図典


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〈現代語訳〉


三井寺ではちょうどその時、競(きおう)について話題になっていた。渡辺党のものが言う。「競をお呼びになって連れてくれべきであったのに、六波羅に残り留まって、今頃どのような目にあっておりますでしょう。」三位入道源頼政は、競の思惑を知っていて、「まさかその者は無理にとらえられて絡めとられたりはしないだろう。私への忠誠心が深い者である。今に見よ、すぐに参るだろうよ。」とおっしゃる言葉が終わらないうちに、競がさっと現れた。「だから言った通りだ」と頼政はおっしゃった。


競がかしこまって申したことには、「伊豆守源仲綱様が飼っていた名馬『木の下(このした)』の代わりに、六波羅の『煖廷(なんりょう)』を取って参りました。さし上げましょう。」といって仲綱にさし上げた。仲綱は並々でなく喜んで、すぐに名馬煖廷の尾とたてがみを切って、金焼きをして、次の夜に六波羅へと遣わして、夜中に門の中へ追い入れた。煖廷は馬屋に入ってから、他の馬たちと噛み合いなどしたので、番人たちが驚きあって、煖廷がもどって参っておりますと宗盛に申し上げた。平宗盛が急いで出て来て見なさると、「昔の名は煖廷、今は平宗盛入道」という焼き印がしてあった。宗盛は「にっくき競に油断をして騙されてしまったことは悔しい。今度三井寺に攻め寄せた時には、なんとしても競を生け捕りにしろ! のこぎりで首を切ってやる。」と地団駄を踏んで激しくお怒りになったが、煖廷の尾もたてがみももう生える事は無く、金焼きもまた消える事は無かった。



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2011年07月14日

10分でわかる「平家物語」巻四「永僉議」(三井寺園城寺側の、平家打倒に向けた作戦会議)


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三井寺には又大衆おこッて僉議す。「山門は心がはりしつ。南都はいまだ参らず。此事のびては悪しかりなん。いざや六波羅に押しよせて、夜打にせん。其儀ならば、老少二手にわかッて老僧どもは如意が峰より搦手にむかふべし。足軽ども四五百人さきだッて、白河の在家に火をかけて焼きあげば、在京人六波羅の武士、「あはや事いできたり」とて、馳せむかはんずらん。其時岩坂、桜本にひッかけ、ひッかけ、しばしささへて戦かはんまに、大手は伊豆守を大将軍にて、悪僧ども六波羅に押しよせ、風うへに火かけ、一もみ、もうで攻めんに、などか太政入道焼き出いて討たざるべき」とぞ僉議しける。


其のなかに、平家の祈りしける一如房の阿闍梨真海、弟子同宿数十人ひき具し、僉議の庭に進み出でて申しけるは、「かう申せば平家の方人とやおぼしめされ候ふらん。たとひさも候へ、いかが衆徒の儀をもやぶり、我等の名をも惜しまでは候ふべき。昔は源平左右に争そひて、朝家の御まぼりたりしかども、ちかごろは源氏の運かたぶき、平家世をとッて廿余年、天下になびかぬ草木も候はず。内々の館のありさまも、小勢にてはたやすう攻め落しがたし。さればよくよく外にはかり事をめぐらして、勢をもよほし、後日に寄せさせ給ふべうや候ふらん」と、程をのばさんがために、ながながとぞ僉議したる。


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〈現代語訳〉


三井寺では僧達が出て来て議論をする。「延暦寺は心変わりをした。興福寺はまだ参らない。この事が後にのびてはきっと良くないだろう。さあ六波羅へ攻め寄せて、夜討ちをかけけよう。そういうことであるなら、老いた者、若い者で二手に分かれて、老僧たちは如意が峯から、背後から攻撃する側にむかうべきだ。足軽たちが四、五百人で先発して白河の民家に火をかけて焼き上げたならば、都にいる武士や、六波羅の武士が、『ああ何かが起こった』とそちらに馳せむかうだろう。その時に岩坂や桜本で馬をかけって攻めかかり戦う間に、正面から伊豆守仲綱を大将軍にたて、僧兵たちが六波羅に攻め寄せて、風上に火を放って、激しく攻めたなら、どうして清盛入道を焼き出して討てないことがあろうか、いや討てる。」と議論した。

この会議の中に、平家のために祈祷などを行ったこともある一如房(いちにょぼう)の阿闍梨真海というものが、弟子や同僚を数十人引き連れて、議論の場に進み出て申したことには、「このように申し上げると平家の味方をするのかとお思いになるでしょう。たとえそうであっても、どうして衆徒としての道義を破ったり、我らの名前も惜しまないでいられましょう。昔は源氏も平氏も左右に並んで争って朝廷の守りをしたが、最近は源氏の運が傾いて、平家が世の権力を握って二十年余り、天下になびかない草木もございません。六波羅の屋敷の中の様子も少々の勢力ではたやすく攻め落としづらくございます。そうであるので、よくよく他の計画を考えて、軍勢を呼び集めて、後日に攻め寄せなさるべきでございましょう。」と、時間を延ばすためにながながと議論した。




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2011年07月21日

10分でわかる「平家物語」巻四「大衆揃」(結局六波羅を攻められずに終わってしまった三井寺園城寺側)


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「昔秦の昭王のとき、孟嘗君めし、いましめられたりしに、きさきの御たすけによッて、兵物三千人をひき具して、逃げまぬかれけるに、凾谷関にいたれり。鶏なかぬかぎりは関の戸をひらく事なし。孟嘗君が三千の客のなかに、てんかつといふ兵物あり。鶏のなくまねをありがたくしければ、鶏鳴ともいはれけり。彼鶏鳴高き所に走りあがり、にはとりの鳴くまねをしたりければ、関路のにはとり聞きつたへてみな鳴きぬ。其時関守鳥のそらねにばかされて、関の戸開けてぞ通しける。これもかたきのはかり事にや鳴かすらん。ただ寄せよ」とぞ申しける。


かかりし程に五月のみじか夜、ほのぼのとこそ明けにけれ。伊豆守のたまひけるは、「夜討にこそさりともと思ひつれども、ひるいくさにはかなふまじ。あれ呼びかへせや」とて、搦手、如意が峰よりよびかへす。大手は松坂よりとッてかへす。若大衆ども「これは一如房阿闍梨がなが僉議にこそ夜は明けたれ。押しよせて其坊きれ」とて、坊をさんざんにきる。ふせぐところの弟子、同宿数十人討たれぬ。一如坊阿闍梨、はうはう六波羅に参ッて、老眼より涙を流いて此由う訴ッたへ申しけれども、六波羅には軍兵数万騎馳集まッて、騒ぐ事もなかりけり。


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〈現代語訳〉


「昔、中国の秦の昭王のとき、孟嘗君を捕らえなさったが、昭王の后のお助けによって、兵三千人を連れて、逃げのびて凾谷関という関所に至った。鶏が鳴かない限りは関所の戸が開くことはない。孟嘗君の連れた三千の食客のなかに、『てんかつ』というものがいた。このてんかつは鶏の真似をめったにないくらいうまくしたので『鶏鳴』と呼ばれた。そのてんかつが高いところに走り上って、鶏の鳴き真似をしたところ、関所付近の鶏がそれを伝え聞いてみんな鳴いた。その時関守はこの鶏の噓鳴きにだまされて、関所の戸を開けて孟嘗君を通したそうだ。これも敵の策略で鶏を鳴かせているのだろう、ただ攻め寄せよ。」と申した。

こうしていたうちに五月の短い夜は、ほのかに明けていった。伊豆守、源仲綱がおっしゃったことには、「夜討ちをかければそれでも何とかなると思ったが、昼の闘いでは平家に叶うはずはない、彼らを呼び戻せ。」といって、後ろから攻める予定だった軍勢を如意が峰から呼び戻した。正面を攻める軍勢は松坂からとって返した。若い衆徒たちは「これは一如房(いちにょぼう)の阿闍梨の長い議論のせいで夜が明けてしまったのだ。押し寄せてやつの住む僧坊を壊せ。」といって、阿闍梨真海の住む僧坊を散々に破壊した。それを防ごうとした阿闍梨真海の弟子や同宿のものが数十人討たれてしまった。阿闍梨真海はやっとのことで六波羅に参って、老いた目から涙を流してこのことを平家側に訴えたが、六波羅では軍勢が数万騎も集まっていて、まったく騒ぐこともなかった。



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2011年07月28日

10分でわかる「平家物語」巻四「橋合戦」(平家を相手に戦う以仁王陣営)


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都合其勢二万八千余騎、木幡山うち越えて、宇治橋のつめにぞおし寄せたる。かたき平等院にと見てんげれば、時をつくる事三ケ度、宮の御方にも時の声をぞ合はせたる。先陣が、「橋をひいたぞ、あやまちすな。橋をひいたぞ、あやまちすな」と、どよみけれども、後陣はこれを聞きつけず、我さきにと進むほどに、先陣二百余騎押し落され、水におぼれてながれけり。橋の両方のつめにうッたッて矢合わせす。宮の御方には、大矢の俊長、五智院の但馬、渡辺の省・授・続の源太が射ける矢ぞ、鎧もかけず、楯もたまらず通りける。


源三位入道は、長絹のよろひ直垂にしながはおどしの鎧也。其日を最後とや思はれけん、わざと甲は着給はず。嫡子伊豆守仲綱は、赤地の錦の直垂に、黒糸威の鎧也。弓を強う引かんとて、これも甲は着ざりけり。


ここに五智院の但馬、大長刀のさやを外いて、只一騎橋の上にぞ進んだる。平家の方にはこれをみて、「あれ射とれや物ども」とて、究竟の弓の上手どもが矢先をそろへて、差し詰め引き詰めさんざんに射る。但馬少しも騒がず、上る矢をばつい潛り、下る矢をば躍り越え、向ッてくるをば長刀で斬ッて落す。かたきもみかたも見物す。それよりしてこそ、矢ぎりの但馬とはいはれけれ。


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〈現代語訳〉


平家の軍勢は都合2万8千騎あまり。木幡山を越えて、宇治橋のたもとへ押し寄せた。「敵は平等院に籠っているようだ」と見て取って、闘いにむけて声をあげること三度、以仁王側でも声を闘いにむけて声を合わせた。先陣が「宇治橋の橋板が外されたぞ、外されたぞ、気をつけろ。」と大声をあげたが、平家の後陣はこれを聞きつけないで、我れ先にと進んでいる間に、先陣が二百騎ほど川へと押し落とされ、水に溺れて流されてしまった。橋の両側のたもとに立って互いに矢を射かける。高倉宮以仁王側では大矢の俊長、五智院の但馬、渡辺の省(はぶく)・授(さずく)・続(つづく)の源太が射った矢は、平家側の鎧にも負けず、盾に阻まれることもなく貫通した。


源頼政入道は絹で織った鎧直垂を身につけて、しながわおどしの鎧である。その日を最後の闘いと思われたのだろうか、わざと甲を身につけなさらなかった。嫡子である伊豆守仲綱は、赤い地の錦の直垂に、黒糸威(くろいとおどし)の鎧である。弓を強く引こうと仲綱も甲を身につけ無かった。


ここに五智院の但馬は、大長刀のさやを外して、ただ一騎で橋の上へとすすんだ。平家の方ではこの様子を見て「あの者を打ち取れ、者ども!」と究竟の弓の名手たちが矢先を揃えて、矢をつがえては放ち、つがえては放ってさんざんに射った。但馬は少しも騒ぐ事無く、上ってくるやをくぐり、下がってくる矢を飛び越えて、向かってくる矢を長刀で切って落とした。敵も味方もこれを見物した。それ以来、彼は「矢切の但馬」と呼ばれた。



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2011年09月01日

10分でわかる「平家物語」巻四「宮御最期」(以仁王を先に奈良へと急がせ源仲綱、源頼政自害)


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三位入道七十にあまッていくさして、弓手のひざ口を射させ、いたでなれば、心しづかに自害せんとて、平等院の門の内へひきしりぞいて、かたき襲ひかかりければ、次男源大夫判官兼綱、紺地の錦の直垂に、唐綾威の鎧きて、白葦毛なる馬にのり、父をのばさんと、返し合はせ、返し合はせ、ふせき戦ふ。上総太郎判官が射ける矢に、兼綱うち甲を射させてひるむところに、上総守が童次郎丸といふしたたか物、をしならべてひッくンで、どうど落つ。源大夫判官はうち甲もいた手なれども、きこゆる大ぢからなりければ、童をとて抑へて頸をかき、立ちあがらんとするところに、平家の兵物ども十四五騎、ひしひしと落ちかさなッて、ついに兼綱をば討ッてンげり。伊豆守仲綱もいた手あまたおひ、平等院の釣殿にて自害す。その頸をば、しも河辺の藤三郎清親と取ッて、大床のしたへぞなげ入れける。


六条蔵人仲家、其子蔵人太郎仲光も、さんざんにたたかひ、分どりあまたして、遂に打死にしてンげり。この仲家と申すは、故帯刀の先生義賢が嫡子也。みなし子にてありしを、三位入道養子にして不便にし給ひしが、日来の契を変ぜず、一所にて死ににけるこそむざんなれ。三位入道は、渡辺長七唱をめして、「わが頸うて」とのたまひければ、主のいけ首うたん事のかなしさに、涙をはらはらと流いて、「仕ッつともおぼえ候はず。御自害候ひて、其後こそ給はり候はめ」と申しければ、「まことにも」とて、西にむかひ、高声に十念となへ、最後の詞ぞあはれなる。



埋木の花さく事もなかりしに身のなる果てぞ悲しかりける 



これを最後の詞にて、太刀のさきを腹につきたて、うつぶさまにつらぬかッてぞ失せられける。


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【アイテム紹介】2012年の大河ドラマ「平清盛」。「平家物語」や、吉川英治「新平家物語」などで既に作られている既存の清盛像に留まらず、新たな清盛像を描き出そうと、果敢に挑んだ意欲作。俳優陣の新鮮な演技、斬新な音楽、新たな物語解釈。特に後半の脚本の切れ味は素晴らしい。忠盛の男っぷり、西行出家の際の美しい桜の描写、父を諌める重盛、時忠の例のセリフや、仏御前の登場場面等々、名シーン・名演がたくさん。最終回、壇の浦からの、まさかのあのラストシーンもなかなか良かったと思います。
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NHK大河ドラマ 平清盛 完全版 Blu-ray-BOX 第壱集

NHK大河ドラマ 平清盛 完全版 Blu-ray-BOX 第弐集

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〈現代語訳〉


源頼政入道は70歳を過ぎながらも戦って、左の膝がしらを射られて、重傷なので、心静かに自害しようとして、平等院の門の中へと退却して、頼政に敵が襲いかかったので、次男である源兼綱は紺色の地の錦の直垂に、唐あやおどしの鎧を着て、白あし毛の馬に乗って、父である頼政を逃がそうと、引き返しては戦い、引き返しては防ぎ戦った。上総太郎判官藤原忠綱の討った矢に、兼綱はうち甲を射られてひるんだところに、上総守藤原忠綱に仕えた童である次郎丸というしっかりした者が、馬を押し並べてくみあって馬からどうと落ちた。源兼綱はうち甲を射られて重傷ではあったが、評判の力持ちだったので、童をつかまえて首を切って、立ち上がろうとするところに、平家の武者たちが14、5騎重なりあって襲いかかり、とうとう兼綱を打ち取ってしまった。伊豆の守、源仲綱も傷をたくさん受けて、平等院の釣り殿で自害した。その仲綱の首を、しも河辺の藤三郎清親という者が取って、大床の下へと投げ入れた。


源仲家、その子仲光もさんざんに戦って、敵の首をたくさんとったが、結局討ち死にしてしまった。この仲家と申すものは、東宮護衛の長官であった源義賢の嫡子である。みなしごであったのだが、源頼政入道が養子にして可愛がりなさったのだが、日頃の約束を違えずに、同じところで死んだのことはいたわしいことだ。源頼政入道は渡辺長七唱を呼んで「私の首を討て」とおっしゃったので、唱は、主人の生きたままの首を打つことの悲しさに涙をはらはらと流して、「どうにもいたしかねます。ご自害頂いて、そののちに承りましょう。」と申したので、頼政は「本当にその通りだ」と、西に向かって声を高らかに念仏を10度唱えて、その最期の歌はしみじみと悲しいものだった。


「埋もれ木に 花の咲くことがなかったのと同じように 我が身の成り果てた様も 悲しい事だ」


これを辞世の歌として、太刀の先を腹に突き立てて、うつぶせに貫かれて亡くなった。

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2011年09月08日

10分でわかる「平家物語」巻四「宮御最期その2」(平家打倒を企てた以仁王の最期)


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競の滝口をば、平家の侍共、いかにもして生捕りにせんとうかがひけれども、競もさきに心えて、さんざんに戦ひ、大事の手おひ、腹かき切ってぞ死にける。円満院の大輔源覚、いまは宮も、はるかにのびさせ給ひぬらん、とやおもひけん、大太刀大長刀左右に持つて、敵のなかうちやぶり、宇治河へとんでいり、物の具一もすてず、水の底をくぐッて、むかへの岸にわたりつき、たかきところにのぼりあがり、大音声をあげて、「いかに平家の君達、これまでは御大事かよう」とて、三井寺へこそ帰りけれ。


飛騨守景家はふる兵にてありければ、このまぎれに、宮は南都へやさきだたせ給ふらんとて、いくさをばせず、其勢五百余騎、鞭あぶみを合はせて追つかけ奉る。案のごとく、宮は卅騎ばかりで落させ給ひけるを、光明山の鳥居のまへにて追つき奉り、雨のふるやうに射まひらせければ、いづれが矢とはおぼえねど、宮の左の御そば腹に矢一すぢたちければ、御馬より落ちさせ給ひて、御頸とられさせ給ひけり。


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〈現代語訳〉


競の滝口を、平家の侍たちは、なんとかして生け捕りにしようと伺ったが、競もそれを心得ていて、さんざん戦って、重傷を負って、腹をかききって死んだ。円満院の大輔源覚は、「今、宮は遠くへおちのびなさっているだろう」と思ったのだろうか、大太刀、大長刀を左右に持って、敵の中をうち破って、宇治川へ飛ぶようにして入り、武器をひとつも捨てる事無く、水の底をくぐって、向こう岸へと辿り着き、高いところに上って、大声をあげて、「どうだ平家の公達よ。ここまでくるのは難儀かのう。」といって、三井寺へと帰った。


飛騨守景家は経験を積んだ武者だったので、「この混乱に紛れて、宮は奈良へと先に立っているだろう」と考えて、戦いをせずに、その500騎余りの軍勢で、馬に鞭を打って、あぶみをあおって馬を走らせて、宮を追いかけ申し上げた。思った通り、宮は30騎ほどで落ち延びなさっていたのを、光明山の鳥居の前で追いつき申し上げて、雨が降るように矢を撃ち申し上げたので、どの矢だとはわからないが、宮の左脇腹に、矢がひとすじ突き刺さったので、馬から落ちなさって、首をとられなさった。


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2011年09月15日

10分でわかる「平家物語」巻五「都遷」(清盛念願の福原遷都が行われる)


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治承四年六月三日、福原へ行幸あるべしとて、京中ひしめきあへり。此日ごろ都うつりあるべしと聞えしかども、忽に今明の程とは思はざりつるに、こはいかにとて上下騒ぎあへり。あまッさへ三日とさだめられたりしが、いま一日引きあげて、二日になりにけり。二日の卯剋に、すでに行幸の御輿をよせたりければ、主上は今年三歳、いまだいとけなうましましければ、何心もなう召されけり。主上、幼うわたらせ給ふ時の御同輿には、母后こそ参らせ給ふに、是は其儀なし。御乳母、平大納言時忠卿の北の方帥のすけ殿ぞ、ひとつ御輿には参られける。


中宮・一院上皇御幸なる。摂政殿をはじめたてまつッて、太政大臣以下の公卿殿上人、我も我もと供奉せらる。三日福原へ入らせ給ふ。池の中納言頼盛卿の宿所、皇居になる。同四日、頼盛家の賞とて正二位し給ふ。九条殿の御子、右大将能通卿、こえられ給ひけり。摂禄の臣の御子息、凡人の次男に加階こえられ給ふ事、これはじめとぞ聞えし。


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月見──粟谷明生
物怪之沙汰──木場勝己
早馬──岡本健一
文覚荒行・福原院宣──藤岡弘、
富士川──下條アトム
奈良炎上──毬谷友子
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〈現代語訳〉


治承四年六月三日。福原へ帝がお移りになるだろうということで、京都じゅうが大騒ぎになった。ここ数日中に遷都があるだろうと噂になっていたが、すぐに昨日今日に行われることだ、とは思っていなかったので、「これはどうしたことだ」と身分の上の者も下の者も騒ぎあった。それに加えて、三日の日と決められていた日程が、もう一日早まって二日となってしまった。二日の午前六時頃に、すでに帝の乗る御輿を寄せていたので、帝は今年三歳、まだ幼くいらしゃったので、何も考えずに御輿にお乗りになった。帝が幼くいらっしゃる時には同じ御輿に母后が参りなさるものだが、今回はそのことはない。乳母である平大納言時忠卿の正妻である帥のすけ殿が、帝とひとつの御輿に乗って参られた。


中宮である徳子や、後白河法皇や高倉上皇も福原へお出でになる。摂政殿をはじめ申し上げて、太政大臣以下の公卿殿上人は、我も我もとお供し申し上げられた。帝は三日には福原へお入りになる。池の中納言頼盛卿の宿所が皇居となる。同じく六月四日に頼盛は、宿所を皇居にしたということで正二位になりなさる。九条殿の子である右大将能通卿は位を越えられた。摂政のご子息が、普通の家の次男に位で越えられるのはこれがはじめてだったと言われている。

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2011年09月22日

10分でわかる「平家物語」巻五「物怪之沙汰」(平家の栄華の終わりを暗示させる不吉な夢)


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大内の神祇官とおぼしきところに、束帯ただしき上臈たちあまたおはして、議定の様なる事のありしに、末座なる人の、平家のかたうどするとおぼしきを、その中より追ッ立てらる。かの青侍夢の心に、「あれはいかなる上臈にてましますやらん」と、ある老翁に問ひたてまつれば、「厳島の大明神」とこたへ給ふ。其後座上にけだかげなる宿老のましましけるが、「この日来平家のあづかりたりつる節刀をば、今は伊豆国の流人頼朝に賜ばうずるなり」と仰られければ、其御そばに猶宿老のましましけるが、「其後は、わが孫にも、賜び候へ」と仰らるるといふ夢を見て、是を次第にとひたてまつる。


「節刀を、頼朝にたばうと、おほせられつるは、八幡大菩薩、其後はわが孫にも、たび候へと仰られつるは、春日大明神、かう申す老翁は武内の大明神」と仰らるるといふ夢を見て、これを人にかたる程に、入道相国もれ聞いて、源大夫判官季貞をもッて雅頼卿のもとへ、「夢見の青侍、いそぎこれへたべ」と、のたまひ、つかはされたりければ、かの夢見たる青侍やがて逐電してんげり。雅頼卿いそぎ入道相国のもとへゆきむかて、「まッたくさること候はず」と陳じ申されければ、其後沙汰もなかりけり。


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【アイテム紹介】「平家物語」の面白いところは「物語化」されているとはいえ、そのベースになっているのが「歴史的事実」であるということ。平清盛も木曾義仲も源義経も、実在の人物でした。「歴史(history)」と「物語(story)」は語源をともにしていると言われます。「平家物語」を入口に「歴史」の世界を学ぶのも面白いかもしれません。こういった学習マンガは何かと使えます。お子様へのプレゼントにも良いかもしれません。
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〈現代語訳〉


内裏の神祇官と思われるところに、衣冠束帯をきちんとただした上級の貴人がたくさんいらっしゃって、会議のような事があったのだが、末席にいた人で平家の味方をすると思われる人を、その中から追い立てられる。その若侍は夢の中で「あれはどのような貴人でいらっしゃるのだろう」と、ある老人に問いかけ申し上げたところ、「厳島の大明神」と答えなさる。その後、その会議の上座に、気高い感じの長老がいらっしゃったが、「この頃、平家が預かっていた節刀を、今は伊豆の国に流されている源頼朝に与えようとするのである。」とおっしゃられたので、そのお側には、また別の長老がいらっしゃったのだが、「その後は、私の孫にお与えになってください。」とおっしゃられるという夢を見て、先程の老人に順を追って問い申し上げる。


「『節刀を頼朝に与えよう』とおっしゃられたのは、八幡大菩薩だ。『その後は私の孫にお与えください』とおっしゃったのは春日大明神。このように申し上げる私は武内の大明神だ。」とおっしゃられる、という夢を見て、この夢について人に語るうちに、清盛入道が漏れ聞いて、源季貞を、源雅頼のもとへ、「夢を見たという若侍をすぐにこちらへよこせ。」とおっしゃって、つかわしたので、その夢を見た若侍はすぐに逃げてしまった。源雅頼卿はすぐに清盛入道のもとへむかって、「まったくそのようなことはございません。」と、報告申し上げたので、その後の処分などはなかった。

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