「平家物語」各場面の原文朗読・現代語訳・解説の音声ファイルを公開しています。
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2017年09月08日

「新・平家物語」第144回「りんねの巻(高野川)(反っ歯)」山下兵衛義経が弁慶によって捕えられる



↑吉川英治「新・平家物語」の朗読・解説の音声ファイルです。
再生ボタンをクリックして聴くことができます。(各回10分程度)
右端のDLボタンからダウンロードしてiPodなどに入れて、
繰り返し聴くこともできます。

・義経は仲綱や頼政がこれまで忍んできたつらさを慮る。
・義経との対面を終えた仲綱は、京の梨ノ木まで帰る。
・行家は自分の子である行宗を呼んで、仲綱を送らせる。
・行宗は山下兵衛義経として義経の九郎の影武者となっている。
・行宗らの目の前に大薙刀をもった上背の高い大法師がたちふさがる。

【語注】
裹頭(かとう)=頭を袈裟などで包み、目だけを出す装い
鼠賊(そぞく)=小さな盗みをする泥棒
野僧(やそう)=僧侶が自分のことを謙遜していう語
所為(しょい)= 仕業、ふるまい
争闘(そうとう)= 争い闘うこと
然諾(ぜんだく)=引き受けること


「新・平家物語連続講義」これまでの放送分です→「新・平家物語連続講義放送リスト」

*この講座の朗読部分に使用する原文は、講談社発行の「吉川英治歴史時代文庫」に収録されているものを使用しています。



なお「新・平家物語」は電子書籍でも購入ができます。iPadやkindleを使っている方は、こちらもオススメ。

格安です。



これまで放送した古典「平家物語」の連続講義の音声ファイルのリストです。
↓全200回分を無料で聴くことができます。
「平家物語連続講義放送リスト」


posted by manabiyah at 09:22| 新平家物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月01日

「新・平家物語」第143回「りんねの巻(若き秋・老いの秋)」源仲綱は九郎義経に平家打倒の計画を打ち明ける



↑吉川英治「新・平家物語」の朗読・解説の音声ファイルです。
再生ボタンをクリックして聴くことができます。(各回10分程度)
右端のDLボタンからダウンロードしてiPodなどに入れて、
繰り返し聴くこともできます。

・九郎義経のもとには十数名の武士達が集まってきていた。
・彼らは鞍馬の僧正ヶ谷で別れ別れになっていた上洛天狗の仲間達。
・堅田党の者達は天狗達の下に置かれてしまった。
・新宮十郎行家は、天狗たちをたしなめて、堂々たる姿勢を見せる。
・源仲綱は、行家とともに、義経のもとを訪れた。

【語注】
股肱(ここう)=主君の手足となって働き、最も頼りになる家来や部下
苦衷(くちゅう)=苦しい心のうち
推参(すいさん)=自分の方から相手のところに押しかけて行くこと
剛毅(ごうき)= 意志が堅くて強く、くじけないこと
紫宸(ししんでん)= 平安京内裏の正殿である紫宸殿
瀬踏(せぶ)み=物事を始める前に試してみること


「新・平家物語連続講義」これまでの放送分です→「新・平家物語連続講義放送リスト」

*この講座の朗読部分に使用する原文は、講談社発行の「吉川英治歴史時代文庫」に収録されているものを使用しています。



なお「新・平家物語」は電子書籍でも購入ができます。iPadやkindleを使っている方は、こちらもオススメ。

格安です。



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posted by manabiyah at 08:51| 新平家物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月31日

宇治〜「平家物語」と「源氏物語」宇治十帖を巡る旅(その7・完)平重衡の墓

宇治駅からJR奈良線のみやこ路快速に乗り奈良方面へ移動し、奈良駅の手前の木津駅で下車。
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駅前の地図をチェックして「安福寺」を目指した。
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周囲は田や畑ばかりの道。
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こちらは御霊神社。
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このすぐ近くにあるのが「安福寺」だ。
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ここに平重衡の墓がある。

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平重衡は奈良の東大寺や興福寺などを焼いてしまったことで知られる。

一の谷の合戦で源氏方に捕えられてしまった重衡だが、最後は奈良に引き渡されて木津川の河原で処刑される。

10分でわかる「平家物語」巻十一「重衡被斬」その2(奈良の仏教勢力に引き渡された重衡の処刑)
http://manabiyah.seesaa.net/article/392219440.html

この安福寺は「哀堂(あわんどう)」とも呼ばれ、本尊である阿弥陀仏は重衡が最後に狩衣の紐を使って縁を結んだ仏像であるとされる。

この後、木津駅からJR奈良線に乗って「玉水駅」で下車した。
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ここから以仁王を祀った「高倉神社」を目指そうと思ったのだが、うまく辿り着けず今回は断念。
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また機会を改めて訪れてみたい。

京都駅に移動し、17時55分の新幹線に乗る。
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鶏カツ弁当を買った。
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かなり歩いたのでカロリー補給。
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今回の旅で改めて思った。

「源氏物語」も「平家物語」も、どこかよその国のことではなく、現実に自分が生きている日本を舞台にした作品だ。

当時と所の様子は変わっていても、現地に赴いて地形や位置関係などを自分の身体で体感してみることはやはり大事だ。

「源氏物語」の中でも、特に宇治十帖については現地を訪れることが、作品の真の理解には極めて重要な体験になると実感した。

今回の旅はこれで終了。でも、またこの旅日記が更新される日がきっと来ることになるだろう。(完)
posted by manabiyah at 13:31| 平家物語を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宇治〜「平家物語」と「源氏物語」宇治十帖を巡る旅6(「宇治十帖古蹟」〈宿木〉の由来)

宇治川に沿って「あじろぎの道」を歩いていく。

途中で塔の島という所があって十三重の石塔がある。
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その塔の島に渡ることのできる橋が喜撰橋。

喜撰というのは「わが庵は」の歌に由来するのだろう。

その喜撰橋からの眺め。

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うーん。宇治ですね、まさに。

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この辺りでは鵜飼船にも乗ることができるようだ。
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また来ることがあれば是非乗ってみたい。

旅館などがたくさんある地域を抜けて、ようやく〈宿木〉の碑に辿り着いた。
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なぜここが〈宿木〉と結びつけられているのか。

これについてはっきりと言及している資料は2017年9月現在で、少なくともネット上には無いように思われる。

僕なりにこちらについても仮説を立ててみた。

こんな宇治市の提供しているPDFの資料にこのような記載がある。

https://www.city.uji.kyoto.jp/cmsfiles/contents/0000007/7147/31syou(280330).pdf

>また江戸時代は庶民の社寺参詣が流行した時代であった。宇治は都の名所の一つとして知られるようになり、全国から人が訪れるようになった。宇治橋近くの川岸には水運関係者によって旅館が立ち並び、宇治川の舟遊びは名物の一つであった。

この〈宿木〉の碑のある辺りは、現在でも遊覧船や鵜飼観覧船を楽しめる場所であり、なおかつ旅館などが密集している。


そう〈宿木〉の碑は「宿」からの連想で〈宿木〉なのではないか!

ともかくも、無事に「宇治十帖古蹟」を全制覇!
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さてここからは宇治の地を離れて、別の古蹟を訪れることにする。

こちらは宇治で買った宇治茶のペットボトル。
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ここにも「源氏物語」が描かれている!(続く)
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posted by manabiyah at 05:19| Comment(0) | 平家物語を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宇治〜「平家物語」と「源氏物語」宇治十帖を巡る旅5(平等院と源頼政の墓)

「源氏物語ミュージアム」を出て〈早蕨〉の碑を目指して「さわらびの道」を歩く。

途中で与謝野晶子による宇治十帖歌碑を発見。
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そして〈早蕨〉の碑に辿り着く。
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こちらも〈総角〉の碑と同じく、この付近に八の宮邸があったと想定されていたことが由来のようだ。
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こちらが宇治上神社。
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八の宮邸をこの辺りに想定する説も有力だ。

そして再び宇治神社にも寄ってみた。
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手水がうさぎ。

「宇治十帖古蹟」巡りも〈宿木〉ひとつを残すだけになった。

というわけで、今度は10円玉でもお馴染みの「平等院」へ。

「源氏物語」〈椎本〉で匂宮が遊んだという夕霧の別荘というのが、ちょうどこの平等院に当たるとされる。

2012年9月から行われた修復によって、かなり極楽感が増したらしいと聞いて期待してやってきた。
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おお、なかなか素晴らしいではないですか!

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そしてこの平等院は「平家物語」でも重要な場所。

源頼政にうながされて諸国に平家打倒の令旨を発した以仁王だったが、それは間もなく平家の知るところとなった。

御所から園城寺へ逃れ、さらに奈良を目指した以仁王は途中で六度も落馬したという。

疲れ切った以仁王を休ませるための休息場所となったのがこの平等院だ。

宇治橋の橋板を落として守りを固めた以仁王陣営だったが、足利又太郎忠綱らが馬筏で宇治川を渡って攻め寄せる。

結局は自害に追い込まれてしまった源頼政の墓はこの平等院の敷地内にあるのだ。
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手前に見えるのが頼政の墓。奥に見える赤い建物が平等院だ。
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鳳凰堂の内部に入るには入場料とは別に300円を払ってチケットを買う必要がある。
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時間ごとに指定されたチケットになっていて、一度に堂に入る人数は限られているようだ。

鳳凰堂の内部は極楽を3Dで再現した空間というイメージだった。

作られた当時はさぞかし神秘的な空間だったのだろうと想像された。
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なお、平等院の表門を入ってすぐ左側のところに「扇之芝」の碑がある。
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この場所がまさに頼政が自害した場所であるとされている。
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さて平等院拝観を終えて、再び残す所一箇所となった「宇治十帖古蹟」巡りへ。(続く)
posted by manabiyah at 04:06| 平家物語を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宇治〜「平家物語」と「源氏物語」宇治十帖を巡る旅4(三室戸寺から源氏物語ミュージアム)

「宇治十帖古蹟」〈浮舟〉の碑は三室戸寺にある。

光仁、花山、白河天皇の三天皇の離宮になった事から「三室戸寺」という名になったとのこと。

白河天皇といえば、「平家物語」の中では清盛の父であるという説も述べられており縁がないわけでもない。

三室戸寺と〈浮舟〉の関係はこちらに詳しい。
http://www.mimurotoji.com/article.php?id=136

上記の記事によれば八の宮の師である阿闍梨の住む山寺はこの三室戸寺であるとされる。

徐々に三室戸寺に近づく。
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到着した。
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見事な石庭。
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これはよい景色。
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あじさいやツツジの季節がお勧めらしい。
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石段を上った先にある本堂と鐘楼の間の位置に〈浮舟〉の碑がある。

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こちらは三重塔。

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三室戸寺から今度は〈蜻蛉〉の碑を目指す。

途中セブンイレブンのある角から曲がって、浮舟亭というお好み焼き屋さんの前を通って歩いていく。
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この方向には「源氏物語ミュージアム」がある。

それよりも手前に〈蜻蛉〉の碑はあるはずだが、発見できぬままに「源氏物語ミュージアム」に辿り着いてしまった。

ちょうど施設の外にミュージアムの方がいたので〈蜻蛉〉の碑の場所を尋ねる。

とりあえず先に〈総角〉の碑を発見。ミュージアムのすぐ近くにあった。
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この付近に八の宮邸があったと想定されていたことが由来のようだ。
(先述したように八の宮邸をもっと宇治神社寄りに想定する見方もある。)

さて再び〈蜻蛉〉の碑を探して、来た道を戻る。

しばらく探してやっと発見!
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「京都翔英高等学校の脇」と表現するのが適切だろう。
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「あさひ保育園」へと導く矢印がある道を入る。
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〈蜻蛉〉の碑の後ろに写っているのが翔英高校の校舎。
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こちらの線刻阿弥陀三尊石仏が「かげろう石」で作られていることが〈蜻蛉〉の由来のようだ。
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続いて「源氏物語ミュージアム」へ。
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ここの見所は源氏が様々な女性たちを周囲に住まわせた「六条院の完全再現ミニチュア」だと思う。

また、宇治十帖を主題とした映像「橋姫 女人たちの心の丈」の上映も楽しむことができる。こちらは大河ドラマ「義経」でもお馴染みの白石加代子さんが橋姫と語りを担当したドラマ。宇治十帖の映像作品って結構珍しいと思う。

白石加代子さんの演ずる橋姫の存在感がものすごくて大変に面白かった。ちなみにこちらの映像作品のDVDは併設されているミュージアムショップで販売している。1枚3,000円という価格だが、これは手元に持っておきたいので購入した。
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なお「浮舟」というタイトルの篠田正浩監督による人形による映像作品も合わせて上映されていたが、僕としてはこちらの方はあまり面白いと思わなかった。大変失礼な言い方だが演出のセンスが悪いな…という印象だった。(篠田監督の「心中天網島」は大好きで何度も繰り返して観ているんだけど。)



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喫茶室で茶そばと茶飯のセットを食べた。(続く)
posted by manabiyah at 03:00| 平家物語を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宇治〜「平家物語」と「源氏物語」宇治十帖を巡る旅3(「宇治十帖古蹟」〈東屋〉の由来)

朝霧橋を渡り終えるとこちらの橋のたもとには、匂宮が浮舟を抱いて小舟で漕ぎ出す場面を描いたモニュメントがある。
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ここが「宇治十帖古蹟」巡りのスタート地と想定されているのか、コース案内もあった。
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向かいには宇治神社がある。八の宮の邸はこの辺りにある想定で書かれたいう説もある。
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ここから川に沿って宇治橋方面に歩いていく。
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紫式部像のあった側とは反対の方。

こちら側には吉川英治「宮本武蔵」にも登場する通圓という茶屋もある。
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https://www.ujimiyage.com/user_data/profile61.php

朝早過ぎてまだ開いていなかった。
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これは京阪宇治駅。
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こちらの近く(東南側)に「宇治十帖古蹟」〈東屋〉がある。
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鎌倉時代に作られたという東屋観音が結跏趺坐している。
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この石仏と東屋の関連については2017年9月現在で決定的な説が無いようだ。

僕自身はこんな仮説を立てている。

源氏物語〈東屋〉に中の君が薫に浮舟を勧める場面がある。

その際に薫はこんな言葉を言う。

「いでや、その本尊、願ひ満てたまふべくはこそ尊からめ、時々、心やましくは、なかなか山水も濁りぬべく」

このセリフの中で浮舟のことが「本尊」という表現で語られているのだ!
(「本尊」とは寺院や仏堂において供養・信仰の対象となる主尊たる仏・菩薩像のことだ。)

「源氏物語」のこの記述に基づいて江戸時代の好事家が、この観音像と宇治十帖〈東屋〉を重ねたという見方はできないだろうか。

またこの〈東屋〉の碑にすぐ近くに〈椎本〉の碑もある。
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こちらは彼方神社という神社。
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境内に二本の椎があり椎ヶ本社と称したことが古蹟となった由来とのこと。

せっかくなので京阪電車にも乗ってみた。
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京阪宇治駅からわずかひと駅の京阪三室戸駅で下車。

〈手習〉の碑を探して歩いていくと途中に「ハッピー六原・三室戸店」を発見。
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ハッピー六原というスーパーについては、実はかつて清盛像で知られる六波羅蜜寺などを巡った時、
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六波羅の地でも発見していた!

その時「六波羅」じゃなくて「六原」なんだな、と印象に残っていた。

さて、そんなハッピー六原に面した道を歩いていくと大きな通りに出た。

そのすぐ右側に〈手習〉の碑があった。
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薫と匂宮の板挟みとなって入水をほのめかす歌を遺して失踪した浮舟が、倒れていて発見されたのがこの辺りと想定されているとか。
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ちなみに京阪に乗らずに〈椎本〉の碑から徒歩で来る場合はこういう角度になるはず。
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木の蔭になって見つけづらいのでご注意を。
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さてここから「宇治十帖古蹟」の中ではやや距離のある〈浮舟〉の碑を目指していく。(続く)
posted by manabiyah at 02:00| 平家物語を巡る旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする